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天武天皇と持統天皇は仲が良かったか

さて天武天皇です。かつてというか、今もなお通説として語られているのは、日本書紀は天武天皇の正当性を裏付けするために編纂されたということです。すなわち天智天皇から、その息子である大友皇子(弘文天皇)への継承を遮り、その座を簒奪したのではない。あるいは大友皇子の自裁には責任がないと。

ですが、「簒奪」した事実は間違いのないことで、もちろん理由付けはいろいろとあるのでしょうが、壬申の乱の位置づけは日本書紀も詳細に記しているのです。ただこの中では、尾張系の豪族の活躍や蘇我系の豪族・官僚たちの動きについては、さらりと流しています。

Photo その辺りが天武天皇の正当性をしっかりと語る、というにはいささか不適当ではないかと指摘する声が少なくないところです。また、書紀に記されている神話の「主人公」は、天照大神です。天武天皇の正当性を主張するのであれば、なぜ女神なのか、男神ではないのか。

私は歴史の専門家でも何でもありませんから、勘でしかものが言えないのですが、天武天皇の後が女帝の持統天皇、そしてその後奈良時代には3人の女帝が即位します。しかも、その即位の経緯は今昔見回してもいささか「異常」な感じです。とすると、それを正当化するための書紀ではなかったか、と疑ってしまうわけです。

つまり通説のような理由ではなく、日本書紀は持統天皇の正当性を主張しているのではないか。次回からはそんなところを考えていこうかと思っています。で、「鴛鴦夫婦だった」と言われる天武・持統天皇ですが、ホントはどうだったのでしょうか。失礼ながら『仮面夫婦』ではなかったのかとも。

万葉集にお二人の歌は載っていますが、相聞歌は一つもないのです。ホントに仲が良かったら、一つくらいあってもいいと思うのですが。そんなところから、次回より持統天皇、その周りの人間像にスポットを当ててまいります。

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