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今日は敗戦の日だということを心に銘記する

今日は何の日? 答えられない日本人が年々増加しているという。家庭の中でそれを伝える人がほとんどいなくなったし、学校でも歴史教育の中で正しく教えていない(ようだ)。

終戦記念日となっている。でもこの表現はおかしいと思う、記念日という言い方に違和感を感じてしまうからだ。「終戦の日」あるいは、「敗戦の日」というのが正しいのではないか。その時からもう71年も経ってしまった。今日が何の日であるのかが分からない日本人、これ以上増やしてはならないと思う。

私は戦後6年経って産まれた。1951年、昭和26年はまだ「戦後」であった。私の幼い記憶の中でも、まだ戦後の光景がくっきりと残っている。大阪城の周辺のあった軍事工場群の焼け落ちたままの錆びた鉄骨姿、白い箱を首から提げた傷痍軍人(偽物もいたらしい)、闇市の名残が残ったバラック群。

私の父も戦後すぐには日本に戻って来られなかった。ハッキリとは話してくれなかったが、内モンゴル方面に出征していたらしく、そのままソ連軍に捕まり、シベリアに抑留されていたということだ。辛酸をなめ、ようやく帰国したのは戦後3年を経てからだった。昨年亡くなった母は、大阪空襲のことを時々話してくれた。

そんな中で生まれ育ったので、私には戦争は直接体験こそなかったが、決して遠い出来事Photo ではなかった。街中の防空壕は取り払われてきていたが、友人の家の庭にはまだ入口が塞がれて残っていた。入学した高校の校舎には機銃掃射の銃弾痕があり、屋上に爆弾が落ちた痕があって、死者も出たと聞かされた。

しかし、私自身も振り返ってみれば、そんな記憶の中の事実を娘に伝えることはなかった。話したところで、娘には「歴史の中の1ページ」ですらないだろうな。だからこそ、学校教育の中でしっかり伝えてくれることに期待するのだ。歴史の第1時間目は「敗戦」の事実だと思うのだ。

戦争反対を叫ぶ人がいる、もちろん私も大賛成だ、異議はない。しかし、8月15日以前の日本人が「罪を犯した」的な言い方には賛同できない。もしそうだったとしたら、私の父も罪人なのかと問いかけたくなる。そう言うあなたの父親や、その父親はどうだったのだ?

戦争法案だという、もしかしたらそうなのかもと考えたりする。法は為政者によってどのようにでも解釈、運用されることはこれまでの歴史が物語っている。確かなことは、私たちは私たちの手でこの国を護らなければならないということだ。敗戦から学んだことは、それではなかったのか。

平和憲法もその手段の一つだった。国を護るという大きな目的のための、手段の一つに過ぎない。だから変えてもいいとは言わない。現憲法を守り続けながら、国を護っていくことも可能なはずだ。知恵を働かせ、行動していくことだ。

敗戦の日に、思うところを書いた。

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