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一年前の母の最期に思いを馳せる

母が享年94歳で旅立ってから、1年が経過しました。1年前の6月6日に、家族だけで見送りました。

予測外の突然の死ではなかったけれど、まだまだ生き続けてくれるだろうと思っていましたので、その意味ではびっくりでした。たまたま5月の30日に高校の同期会が開かれ、当初は1週間後に大阪に出向く計画でしたが、それを早めて29日に到着しました。
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ちょうどその日に誤嚥性肺炎と診断されて、特養ホームから直接主治医の病院に入院。同期会の翌日にCT検査を受けたのですが、その結果はお腹に動脈瘤が見つかり、もしそれが破裂した場合は助からないとの診断でした。いつかは分かりませんが・・・と。

覚悟はしましたが、翌日1日に見舞いに行った際には「痛いよ」と顔をしかめていて、意識はハッキリしており、むしろ痛みに文句を言っている状況なら当面は大丈夫かなと思ったものでした。

そして運命の2日、まずは朝9時頃に見舞いに行き、ナースセンターに近い病室に移されていましたが、点滴で薬の投与を受けており、前日とほとんど同じ状況なのを確認。夕方からは友人とカラオケの約束をしていましたので、その前にもう一度病院へ。この時は「痛い」とは言わず、出かけようとすると「もう行くのか」という表情が印象的でした。

今日も平穏に終わるかなと感じながら、友人とのカラオケを愉しみ、それでも少し早めに切り上げて家(実家のマンション)に戻ったところに、病院から電話がありました。つい先ほど亡くなられたとの報せ、すぐに駆けつけるともう顔に白布がかけられていました。

うめき声も上げなかったらしく、ナースが見回った際に意気をしていない様子に気付き、すぐに担当医と救命措置をしたが、すでに息がなかったとのことでした。確かに、顔には苦しんだ様子もなく穏やかな死に顔でした。死因は急性心不全でしたが、その引き金は予想通り動脈瘤の破裂でした。苦しむ暇もなかったのでしょうか。

思えば、20歳で家を飛び出してからほとんど一緒に暮らすこともなく、親不孝な息子でした。それなのに、私が来たのを見計らったように最期の時を迎えてくれた。ただただ、母に感謝しております。今年は一周忌には間に合いませんが、来週には大阪に行きますので、お墓参りをしてきます。

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