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脳力開発は人間学であり行動科学です(65)

 義に厚く勇猛であった関羽は、孔明に指示された戦略を守って、呉に対する備えも怠ることなく、主力を率いて曹操軍の城を破竹の勢いで落としていきます。呉の孫権も荊州を我が手に収めたいのですが、関羽の布陣に手が出せません。そこで孫権は一つの手を打ちまPhoto す。すなわち、関羽の娘を我が息子の嫁にと乞う使者を送るのです。もし孔明の戦略を守るなら、この使者に対する返事はイエスでなければなりません。ところが関羽は、NOと言ってしまうのです、しかも極めて侮辱的な言葉で。

 当然ながら孫権は激怒します。すぐにも兵を繰り出して攻めようとしますが、さすがにまだ手が出せません。そこで一計を案じた部下の呂蒙は、病と偽り、関羽を油断させる計略を立てます。呂蒙は、「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」で有名な武将です。智将でもあった呂蒙は、若いまだ無名の陸遜を後任に指名します。陸遜はこの期待にこたえ、へりくだった手紙を送って関羽の軍功を称えたので、関羽はついに油断して呉への備えを緩めてしまいます。この機に、再び軍の全権を任された呂蒙が荊州に一気に攻め込みます。

 魏軍にも破れた関羽は荊州に引き返そうと軍を南下させましたが、すでに呂蒙は荊州の統治を固めてしまっていたため、家族を残し士気を失った関羽軍は離散し、関羽は僅かな兵を率いて荒れ果てていた古城・麦城に籠らざるを得ない状況になりました。そしてついに関羽の最期がやってきます。結局、「東は孫権と和し、北は曹操に当たる」という戦略が、たった一つの戦術選択でほころびを生じ、それを立て直せなかったわけです。なお三国志演義では、呂蒙は関羽の亡霊に取り憑かれて死んだことになっています。

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