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秀吉の「中国大返し」が今月の脳開講話テーマです

今月の脳力開発講座(東京&神戸)、まとめの「歴史講話」では豊臣秀吉を取り上げることにしました。本能寺の変後、最前線の備中高松から姫路を経て京都・山崎で明智光秀を打ち破った、いわゆる『中国大返し』について。もっとも、この頃はまだ豊臣ではなく羽柴筑前Photo 守ですが。

本能寺の変が起こったのは6月2日で、山崎合戦の決着が13日ですので、光秀の「天下」はたったの12日間だったわけです。世に三日天下と言いますが、実際には10日余の間に光秀はやりうる手を尽くしたとも言えます。

朝廷工作には成功していますが、しかし、最も当てにしていた細川藤孝(嫡男忠興の妻が光秀の娘・玉子)にそっぽを向かれ、また筒井順慶もまた日和見に走ってしまいます。よって、山崎に4万近い大軍を擁した秀吉に対し、光秀軍は半分にも届かなかったのです。

それにしても、毛利と対峙する中で一夜にして和議を結び、電光石火で最前線から居城の姫路に全軍が戻り、一昼夜休んだだけで再び全軍を率いて山崎に向かった、その速さにはただ驚くばかりです。

その段取りを整えたのは黒田官兵衛だと言われていますが、少なくとも発想したのは秀吉自身であり、常識を超える発想ができたことこそ、勝利の決め手になったのだと思います。

またこの成功・勝利が、清洲会議における柴田勝家への政治的勝利につながったことは言うまでもなく、天下人への道を歩み始めることになるわけです。もっとも、織田政権を簒奪したことにもなるわけで、この時代の秀吉は「最大のワル」であったとも評されるわけです。

どのように評価されるか、あなたはどう思われますか?

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