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負けてゼロから復活した戦国武将がいた

私が開講している脳力開発講座では、まとめの講義に「歴史と人間」というテーマでの講話をしています。今月の講座では、中国古代・紀元前、戦国時代に活躍した孟嘗君を取り上げてみました。

孟嘗君自体も非常に興味ある存在ですが、彼を取り巻いていた三千人ともいわれる食客の中に面白い人物が何人かあり、それをメインに話をしました。例えば「鶏鳴狗盗の話」などは真実はどうか分かりませんが、ユニークな人物を描いています。

そんな食客を多く抱えていた孟嘗君という人物、なぜそういう多種多才な人材が彼の元に集まってきたのか、そんなところが重要なポイントです。

Photo 歴史を振り返ってみて、成果を上げた人物、成功を収めた人物に共通することは、良い人材あるいは多才な人材が集まっていたということです。また、そういう人材が集まってきても使うことができなければ、意味がありません。

たとえば、羽柴秀吉や明智光秀、あるいは滝川一益は織田信長であったから活かして使えたのだといえ、他の同時代の武将、武田信玄や上杉謙信などの元では、歴史に名を残す活躍ができたか。歴史にイフはありませんが、そういう見方をしてみるのも面白いものです。

その信長でさえ、人物を見る目が100%正しかったかというとそうでもありません。妹を嫁がせた浅井長政には裏切られましたし、二度命を助けた松永弾正にも背かれ、荒木村重にも謀反されました。最後には光秀に背かれ、天下人目前でその夢を絶たれました。

家来に全幅の信頼を置かれ、逆境の中でも支え続けてもらうことのできた戦国武将、そんな男がいたのかと探してみますと、皆無ではありません。上杉謙信ですら、越後国内での反抗に手を焼きました。徳川家康もまた、三河一向一揆では多くの家来と戦う羽目になりました。

そんな中で、全滅の危機にある籠城戦を共に戦い抜き、関ヶ原の戦いでは西軍について領地を召し上げられて浪人し、辛うじて命は助かり、そののち再び旧領地に大名として復活した武将。そんな漢がいたのです、その名は筑後柳川の立花宗茂。この武将も、いずれ脳力開発の講話で取り上げようと思います。

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