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今年一年に深く感謝申し上げます

Photo いよいよ本年も大晦日、残り12時間をきりました。時おり小雨が降ったり日が射したり、相変わらぬ冬の猫の目天気ですが、穏やかな年の暮れを迎えています。もっとも初日の出はかなり厳しい感じです。

午前中に年末年始用の買い出しにも行って来ましたが、予想通りの人出でした。駐車場に入るのも車を駐めるのも大変で、店に入れば一家総出という雰囲気も多く、特に鮨やお刺身の売場は身動きするのも一苦労です。レジも長い列、やはり同じ行動をとるのが安心というのが人の心なのでしょう。

午後からもう一度出かけてこないと、鏡餅もお節のおかずもありません。正月の3日間はおそらく駅伝をTV観戦しながら、お酒グラスを傾けていることでしょうから、特に何も要らないのですけれど。お酒はビール、清酒、焼酎、梅酒にワインと揃っていますし。

さて、今年1年は皆さんにとってどんな年でしたか。私にとっては、とっても変化に富んだ1年でした。最も大きなエポックは6月2日の母の死(享年94)でした。幸か不幸か、ちょうどその時に関西出張ですぐ傍にいることができました。最期の言葉をかけられたのも、ありがたいことでした。

9月には大阪事務所としても使っていた実家を引き払うことになり、本拠地を神戸に移しましたが、これも学びのご縁をいただいている方々のご厚意のおかげです。こういった大きな変化の中で新たな顧問先や企画にも恵まれ、ますます自らを深めていかねばという思いを強くしています。

2016年に向けての戦略計画も立てました。いかに実行していくか、まさに脳力開発の実践です。多くの皆さまにも感謝して、今年を締めくくります。

脳力開発は人間学であり行動科学です(21)

 大阪に行くという戦略を立てて、名古屋まで行ったら、その先は事故で新幹線が止まっていました。さてどうするか、こんな時こそが脳力発揮の好機なのです。入手可能な情報を集T_img_7665 め、頭を使ってコンビネーションの可能性を探します。その中から選択した行動を実行し、新たに生み出される現実の中からさらに新しいコンビネーションを探し、行動していくのです。在来線を乗り継いで行ける、しかしさらに近鉄の特急に乗れば乗り換えなしに行けることが分かれば、近鉄名古屋駅に向かう。

 近鉄の名古屋駅に行ったらすでに前売りで満席になっています。しかし、
30分に1本の特急があると知って最終便まで探してもらうと、空いた席がありました。これで大阪(難波)まで行くことができます。少し予定より遅れますが、仕事に支障はなさそうです。戦略達成のために戦術(手段・方法)を打ち出す際に、1つだけに決めてしまうことはありませんか。会社の営業活動などを見ていると、そういうことが少なくないようです。そして実際にやってみたところ、うまくいかなくて立ち往生している例も見られます。

 戦術を立てる際には、「二の矢・三の矢」をあらかじめ用意することをお勧めします。Aをやってみてうまくいかなければ、サッサとB戦術に切り替える。戦略を達成することが最終到達点ですので、戦術を次々に転換してもいいのです。大事なことは戦術は現場に任せることです。トップがいちいち口をだすことではありませんし、「戦術会議」などをやって、その戦術はいいとか悪いとかを議論しないことです。そして戦術は具体的で分かりやすく、実現可能なものであることです。

信長はじっくりと情勢判断する性格だった

桶狭間合戦へのひとり言、年末ですのでこれを一区切りとしましょう。

以前にも書きましたが、信長軍は丘陵の下の方から山腹のやや上方にあった今川義元の本陣に向かって、一気に攻めかかります。集団でまとまってというのではなく、どうもてんでバラバラに槍を構えて前進したようです。

時代劇などでは刀を振りかざして向かっている様子が主ですが、戦国時代の武器の主流は槍で、刀は補助道具あるいは首を掻ききったり、とどめを刺すためのものでした。また鉄砲はまだ数も極めて少なく、射程も短い上にこの日は雨でしたから、使われなかったことでしょう。

Photo 善照寺砦を出ていく際に、信長は「首は打ち捨てていけ、狙うは義元の首のみ」と号令したともいわれますが、定かではありません。結果から見るとそうなっているのですが、例え言ったとしても信長が、義元本陣との遭遇を確信していたとは思えません。言ってみれば、桶狭間の勝利はかなり偶然だったと言えます。

もちろん奇襲戦だとか、山間迂回戦だとかは完全に否定されています。善照寺から中嶋、そして桶狭間へ表街道を進軍してきたことは間違いありませんが、小説にあるように、そこに義元の本陣があると確信したのではないようです。真っ直ぐ進んだらそこに今川軍がいて、実は本陣であって、その真ん中に義元がいたというのが真相かも。

その義元に最初の槍を付けたのが服部小平太、二の槍をつけて首を落としたのが毛利新介だと、信長公記には記してあります。この2人が重い恩賞をもらったのはいうまでもありませんが、それ以上に情報担当の梁田政綱が恩賞をもらったと、信長記や多くの太閤記には書かれています。しかし、それもどうやら怪しそうです。

そんなわけでまだまだ謎の多い桶狭間合戦ですが、これを機に信長は尾張の統一を実現していきます。しかし北に位置する斎藤氏の美濃を攻略するのは、まだまだずっと先のこと。まだ、この合戦から飛躍が始まったとは言えないでしょう。

家康(当時は松平元康)との同盟が成るのもまだ少し先の話、つまり信長は、巷で言われるように性急ではなく、じっくりと情勢判断をして着実な戦術を選びつつ実行し、しっかり足元を固めながら進んでいったといえますね。

それでは、新年はまた他の人物を取り上げていくことにしましょう。

男性国会議員の育児休暇是か非か

賛否両論が渦巻いている、男性国会議員の育児休暇取得問題。

最初にこの話題が出た時には、その意気やよしという感じもしたものなのだが、視点を変えて考えてみると、どうも賛成ができないという気がしてきた。皆さんは、どのように思われますでしょうか。

Ah_giin1 そもそも論なのだが、今の世の中で思い通りに育児休暇が取れるという男性が、いったいどれだけいるのだろうか。制度があっても(意識的に)とらないというのは少し横に置くとして、制度があっても現実にはとれない、あるいは制度そのものがないということの方が、まだ多いのではないか。

そういう世の中に風穴を開ける、という考えをお持ちのようではあるが、それは「持てる者」の上から目線ではないのかと感じたりもする。おそらく彼(ら)は普通よりもずっと恵まれた環境にあり、例えば中小零細企業で働くご夫婦や、さらには非正規で働く人たちに比べるとその格差は歴然だろう。

果たして彼と彼女は、そういう視点に立てているのだろうか。その上で風穴を開けようというのであれば、背中を押して上げたい気もするが、どうもそれが感じられぬ。驕れる者のわがままとまでは言わぬが、やはり違和感がある。

国会議員という立場は通常の公務員とは違う。現在は育休についての規則がないから、議会開会中は毎日欠席届を出すというが、そういう問題ではない。「選良」である立場を忘れては成るまい。地元選挙民から選ばれた以上に、国を動かす原動力という立場を委任されているのだから。

ただ、こういう問題提起をされたことは評価していい。大いに議論を展開していただき、同時に現実を直視していただいて、よりよい世の中になるよう努力を願いたいものだ。

新年のスタートは来年もMGから

2015年も残すところ4日となりました。今日で仕事納めの方も多いでしょうね、今年1年の締めくくりをきちんと終えて、やり残しのありませんように。

 
さて新年は、世の中4日に一斉スタートという感じですが、ヴァンガード経営研究所のセミ201601_lrcfmg ナーは1/13-14の「LR小川会計CFMG」からです。実はその前にもう一つ、顧問先の会社で社員研修として「お正月ワンデーMG」もあって、実質それが2016年のキックオフです。

西研のMGシニアコースを受講して、社内のインストラクターとして社内MGを活発にやられる会社も増えているのは、とっても嬉しいことです。私もかつてグループ全体の「全員MG」を目指してやっていましたが、その時に大事だなと感じたのはトップの思いです。経営者が「なぜMGをやるのか」をきちんと、繰り返し語ることですね。

ところでキャッシュフロー・CFMGです。おかげさまでCFMGを復活という形で始めて3年、試行錯誤だった付加ルールも完全版に仕上がりました。第1期のシミュレーションも、基本を崩さぬ中でリニューアルしました。第6表キャッシュフロー計算書を使うことで、通常のMGでのキャッシュフローが理解できたという声も多くいただいています。

何より「集金」という意思決定・実行の大切さを、体験できることが大きいようです。2016年はこれを基にして、CFに直結するBSの重要性を伝えていきます。また現場経営の中でもともすれば忘れがちになる、売掛・在庫・買掛の回転率(回転日数)についても、キチンとアプローチしていきましょう。

そんなわけで、1月の「LR小川会計CFMG」へのご参加をお待ちしています。フェイスブックのイベントにも掲載されていますので、詳細はそちらもご覧下さい。

新年は雪のないお正月になるのかなぁ

T_img_9603 2015年も残すところ4日と13時間余となりました。最後の日曜日、クリスマスの終わった街は新年を迎える準備が進んでいます。あっという間に店頭のクリスマス飾りが消えて、鏡餅や正月飾りが並んでいます。

それにしても今年は雪がありません。写真は昨年12月半ばの長岡の様子ですが、今年はいったいどうなっているのでしょう。今日も週末&年末寒波がやって来ているらしいのですが、それほどの雪にはなっていません。もっとも山は降っているようですが。

正月三が日も暖かいという週間予報が出ているので、雪のないお正月を迎える可能性もありますね。生活する身としてはありがたいことなのですが、困ったなぁと頭を抱えている方も少なくありません。

スキー場は悲鳴を上げています。よほど山の奥か標高の高いところ以外は、まだオープンもできない、あるいは開店休業状態のところもあります。防寒衣料、雪ブーツ、雪関連グッズなども年末は余り動きがないそうですし、灯油の売れ行きもイマイチとか。雪のあるのも、雪のないのもどちらも困りものです。

さて、私の方といえば、ビジネス(ヴァンガード経営研究所)は土曜日が最終仕事日で、今年の仕事は無事に完了しました。プライベートでも、明日夜の望年会が締めくくりになります。年末までは孫ちゃんとゆっくり過ごさせていただきますか。

皆さまも、よいお年をお迎えください。

今川義元は決して凡愚な武将ではなかった

さて今日のひとりごとは、前回に続いて信長の桶狭間です。

桶狭間あるいは田楽狭間と呼ばれるところが、名前からくる険しい谷間のイメージではなく、ごく平凡な丘陵だということは述べました。また、今川義元が輿をろしたのは谷あいの底ではなく、丘陵地(桶狭間山)の中腹より上だったことも事実のようです。

講談や時代劇では、義元というと愚将のように描かれますが、決してそうではありません。Photo いささか肥満体で馬に乗れない体躯ではあり、京文化へのあこがれを持ち、お歯黒を入れていたことは事実ですが、戦国大名としては有能な武将でもあります。実力で今川家の跡取りとなり、戦場を駆け巡り、そして駿河・遠江の国づくりに力を尽くしています。

その義元が手抜かりをすることはないでしょう。おそらく2万5千の今川軍の内、桶狭間周辺に陣取ったのは6千くらいの兵だと思われますが、斥候をはじめ警備も厳重だったでしょう。よく言われるように、織田軍の「情報将校」だった梁田政綱率いる諜報部隊や、野武士や土豪をつかった情報集めが功を奏したか、それも後世の作り話の感が強いですね。

しかし、信長自身あるいはその近習たちが、小さい頃から領内の野山を駆けまわり、地勢にっも精通していたことは十分に考えられます。また、土地の人たちとも交流はあったかも知れません。領外からやってきている今川軍より、その辺りは有利だったでしょう。

しかも時は梅雨時であり、合戦の少し前からにわか雨が降り出し、合戦時にはかなり強い降りになっていたようです。もっとも、講談にいわれるように大雨で進軍が見えなくなるくらいだったとは思えません。そんな豪雨であれば、道は川の如くなってしまい、行軍ができない状況になってしまいます。

ただ、雨によって今川軍の警戒態勢が緩んだ可能性はあります。「この大雨では敵もやって来るまい」という油断です。自分たちもそれまでの蒸し暑さに休憩を取り、雨によって少し涼しさを感じたでしょうから、気の緩みが出ても不思議ではありません。その心の隙を信長軍2千余が突いたと言えます。

では次回は、今川義元の最期にアプローチしてみましょう。

脳力開発は人間学であり行動科学です⑳

戦略と戦術とをハッキリ区別する
 戦略と戦術という言葉は紛らわしい、よく混同されます。というより、戦略という言葉が分かっておらずに、戦術と同意義的に使われています。巷にもナントカ戦略とかカントカ戦略とImg_1492 いう本、あるいはネット情報が氾濫していますが、それらの殆どが戦術です。戦略は「打撃の方向」とも言いますが、たとえば東京駅から「大阪に行くのか、札幌に行くのか」ということを、ハッキリ決めるということです。何人かで楽しい旅行をすると集まったら、みんなが納得し認識できる行き先を決めなければなりません。

 戦略は間違えると失敗に直結します。どこへ行くかを変更すると、手段や方法が全く違ってしまうこともあります。この手段や方法のことを戦術というのです。戦術はたくさんあって、ある意味無数にあると言ってもいいので、「千術」とも「選術」とも言っています。

 さて戦略と戦術の関係です。戦術は決定された戦略を実現するための手段や方法ですから、無数にあるのだと書きました。大事なことは戦術だけが一人歩きしてはいけない、あくまで戦略に従属するということです。大阪へ行くと決めたのに、値段が安いからと言って新潟行きの切符を買ってきても役には立ちません。あるいは名古屋まで行ったら、その先は事故で新幹線が止まっているので東京に引き返したら、大阪に行くという戦略は達成されません。

 これは難しく言いますと、戦術によって「戦略を変えてしまう」という愚かなことなのです。大阪へ行くということくらいは大したことではありませんが、国家や社会の戦略、企業の戦略あるいは人生の戦略となると、「失敗しました」では済まされなくなります。

自分で自分に及第点をあげよう

Merry Christmas!

Img_1493 不思議な(外国人の目から見て)日本人の、年末前のイベント・クリスマスイブ。クリスチャンでもないのに、主・キリストさんの誕生日を祝い、教会には行かなくてもクリスマスソングを熱唱する、いいですね、平和って。

で、一応クリスチャンの私はちょっとだけ教会に伺い、心密かに今年1年の懺悔深い感謝を述べて、心穏やかにイブの夜を迎えるわけです。年末状も本日投函を終えました。今年は余りたくさん出しませんでしたので、不義理をすることになった方も多いかと思いますが、母が6月に亡くなったこともあって喪中ですのでご容赦のほど。

今日は午前中にフェイスブックセミナー、初心者対象ということで、まだアカウントをとられていない方も数人いらっしゃいました。1時間ほどの講習ですので、カンタンにアカウントの仕方を伝え、それから基本的な使い方を学んでいただきました。

とくに「プライバシー」と「セキュリティ」については、自己管理に徹することを繰り返し、その有効な方法をとっていただくようお願いしました。終了後には早速アカウントをとられた方もいらっしゃいましたし、私に友達リクエストを送ってこられる方も。

これで、残る仕事は2つ。もっとも最後の一つは忘年会の幹事ですので、明日のコンサルティングが今年最終仕事になりそうです。1年間、当初立てた目標ができたこともあれば、一歩も二歩も及ばなかったこともありました。まだまだ力不足を痛感したことも。逆に思い以上にできたこともありました。

それらをトータルして、自分で自分に及第点をあげようと思っています。
(写真は先日神戸で撮ったものです)

ローカル電車が新幹線の高架線路に!

今年最後の遠征の帰路は、いつものように北陸路の乗り継ぎ旅です。大阪から金沢までは特急「サンダーバード」、金沢から上越妙高までが北陸新幹線「はくたか」、さらに特急「しらゆき」に乗り継いで長岡です。

最も効率の良い乗り継ぎだと、大阪から長岡まで5時間10分、大阪から東京経由すなわち新幹線経由での4時間半には及びませんが、遜色のないスピードです。かつての「サンダーバード」と「北越」を金沢で乗り継ぐ場合は、6時間近くかかっていましたので、1千円余り料金は上がりましたが時間短縮になり、東京回りよりなおかなりチープです。
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というわけで現在は福井を過ぎて、越前路を進んでいるところです。自由席の乗車率は30%くらいで空席も目立ちます。年末の祝日なので、ビジネス客が少ないせいもあるのでしょうし、まだ帰省の移動には早いですからね。

ところで、北陸新幹線は金沢(正確には白山車両基地)から、福井を経由して敦賀までの延長が決まっており、各地で工事が始まっています。とりわけ福井駅周辺は高架線の工事が先行していますが、一部出来上がった線路を、現在「えちぜん鉄道」が使用して電車を走らせています。

こういう使い方、つまり新幹線開通以前に別の鉄道の電車が走るというのは、かつて東海道新幹線の線路を、高架化工事の間、阪急電車の京都線が使用した事例がありました。もう50年以上前のことですが、私も乗車した経験があります。

えちぜん鉄道も、福井と福井口間の路線改良(高架線化)の間、新幹線の路盤を使っているわけです。途中には交換駅の新福井駅もあり、ちょうど停車中の電車を「サンダーバード」より撮影しました。

福井では駅前の改良工事も進んでいて、えち鉄の駅もそうですが、福井鉄道の駅前乗り入れ工事も行われています。完成は少し先ですが、そうなるとぜひ福井に途中下車しなければなりませんね。

脳力開発は人間学であり行動科学です⑲

 さて、いずれにしても人間は具体的な問題にぶつかると、変革か不変革(現状維持)かど201512 ちらかの行動に出ます。時に微妙に変化することはあっても、基本的な方向はどちらかに属するのです。自分自身もそのことを知っておく必要があります。発言や姿勢が積極的で、時には仲間たちと熱い議論を交わすからと言って、その戦略方向すなわち行動の基本方向が変革であるとは限りません。会社の会議でも積極的な意見を吐き、色んなアイディアを出す人が、自分では余り体を動かさないということも少なくないですね。

 自分でもどちらなのかが分かっていない人、あるいは勘違いをしている人もあるようです。第三者が見ているとよく分かるのですが、自分の行動を客観的に見つめる時間を持つことも必要です。脳力開発セミナーでは、そのためのチェックシートも準備しています。変革が必要と決める、言い換えれば変革という戦略が決まったら、あとはそれを達成するための戦術(手段・方法など)を決めれば良いのです。戦術の良し悪しを議論して、議論百出してまとまらないということがあるようですが、それは本末転倒です。

 戦術は良し悪しではなく、まず実行することが大事です。実行してみてうまくいけば良し、もしうまくいかなかったら、その困難な条件を取り除くか避けるかして、新しい手段・方法を見つければ良いのです。やってみなければ分からないと言って良いでしょう。失敗を恐れたり、失敗するのが怖いのでやることをためらう人がいますが、それは明らかに間違いです。失敗といいますが、見方を変えれば一歩前進と言えるかも知れません。何故なら、次の手段・方法の糸口を見つけられたわけですから。

今年最後のビーラブ・CFMG

雨の上がった神戸、寒さも緩んでいますが、ここビーラブカンパニーさんのセミナールームは熱気に溢れています。今日と明日は、今年最後のキャッシュフロー(CFMG)セミナーを開催しています。ビーラブさんのスタッフを含めて3卓18名。
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CFMGは通常の現金取引MGに対して、信用取引すなわち売掛と買掛を加えたものです。ですから、材料は現金がなくても掛け買いで買えますが、逆に販売して売上が上がっても、あとで集金をしなければキャッシュが入ってこず、資金繰りが行き詰まります。

現実の商売でもよくある事例ですが、ベンチャー企業などでどんどん売上を上げて、世の中から注目される企業になり、雑誌やネット情報に取り上げられたのに、ある日突然倒産したというニュースが伝えられたりします。

これなどは、いくら売上高が上がっていっても集金(売掛金の回収)が滞り、仕入だけがどんどん増えていって、決済資金が乏しくなる。銀行も最初の内は成長企業として貸してくれるが、やがて警戒を強めて貸出をストップする。それによって、キャッシュが枯渇し、あっという間に行き詰まるのです。

そう、企業は赤字でもなかなか倒産には至りません。債務超過であっても、借金が積み上がっていてもキャッシュフローが回っておれば生き残れるということもあります。しかし、どんなに黒字であっても、キャッシュが足りなくなったとたんに倒れてしまうのです。

そういったことを疑似体験しながら学ぶのがCFMGです。会社の中では、経理担当者と財務に携わっている経営者・経営幹部くらいしか、キャッシュフローに関心がない例が非常に多いのです。時には社長でも、自社の資金繰りを把握していない事例を見かけます。これはとんでもないことだと思いませんか。

では営業や製造あるいは流通の現場では、どのようにすればキャッシュフローを良くすることができるのでしょう。反対に、どうやってしまったらお金が詰まってくるのでしょう。

あなたは、それらのポイントを知って仕事に臨んでいますか?

MGは思想と体験の集積である

三浦でのMGシニアコース研修、あっという間に、3日目も残り午後のプラグラムのみになりました。午前中の講義とインストラクター試験を受けて、「個数合わせ」と「決算チェック」です。私の実際体験でも、この二つが完璧にスムースにできるようになったのは、何度か失敗を重ねて後のことでした。
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今回初めてシニアを受講されている方々の多くは、これからインスト体験を始めていかれることでしょう。特に在庫の個数合わせのやり方には、完全正解はないと言っても良く、体験を積んで、すなわちたくさんのケースにぶつかって体得していくものです。

何が言いたいか、MGというゲームの中で学ぶことは、すべからく現実・現場の仕事の極意に通じるということです。極意とは仕事への姿勢、あるいは人生における生き方とも通じるものです。ですから、MGは思想と体験の集積であるわけです。

もう一つは、MGのインストラクターは、単なる経営ゲームの進行役・行司役ではないということです。インストラクターは教育する人だということを忘れてはいけませんね。とまぁ偉そうなことを言っている私自身も、自社の中で社員対象のMG研修を初めてやった頃には、そういう自覚はありませんでした。

教育とは「教え育てる」ことですが、むしろ後者の方に力点があります。育てるポイントは脳力開発の基本指針(精神的姿勢)でもあります。つまり、①自主性を伸ばす、②常に現状打破の姿勢を保たせる、③場を盛り上げているか、といったことです。

この3日間、天候にはとっても恵まれました。昨日と一昨日は快晴で、富士山もくっきりと眺めることができました。空の青と海の碧は、心をクリアにさせてくれます。今日はやや雲が出てきましたが、気持ちは晴れやかに過ごせて終わることができるでしょう。

私の今回研修にかける思いや目標も、おそらくクリアできることでしょう。西先生ご夫妻、そして一緒に3日間を過ごしたナイスガイのシーガルたちに感謝です。

MGと脳力開発は不即不離の間柄です

Img_1524 昨日からMGシニア研修に参加しています。場所は神奈川県の三浦海岸、東京湾その向こうに房総半島を望むマホロバマインズです。今日の海は風が強く白波が立っていますが、ヨットやサーファーがたくさん繰り出しています。また、海とは反対の北西方向には、雪を輝かせた富士山がくっきりと見えています。

MG(西研究所・MQ戦略ゲーム)のシニア研修は、インストラクターコースとも言われる三日間の研修です。今回の参加は18名、東西の各地から参加しています。1988年7月に初めて神戸でのシニア研修に参加した時には私も36歳、若い方から数えて何番目かでしたが、今回は参加者中の最年長です。時の移ろいは早いものです。

3日間研修へのフル参加は多分10回目くらいですが、半日から1日半くらいの参加も毎年のようにやり続けています。それは、MGの基本ベースを繰り返し学ぶこと、開発者の西順一郎さんの思いに触れること、そして新しい変化を感じるためでもあります。

また、今回は大きな目標を持ってきています。それは私の学びの中である脳力開発と、MGとの接点をより明確にすること、融合を図る新たな手がかりを見つけることです。西さんはかつて城野宏先生に学ばれていましたので、MGの中には脳力開発の要素が緊密に織り込まれています。

しかし最近は、通常のMGジュニアコースでは時間的な制約もありますので、脳力開発について語られることはほとんどなく、MGをやっている方でも脳力開発について知らない方が増えています。特に最近やり始めた方では、皆無といっていいでしょう。

もちろんMGをやっていれば、自然と脳力開発も(無意識の内に)学んでいるのですが、私としては機会を見つけて、「脳力開発とMG」についてその関連要素を伝えたいのです。脳力開発を単独セミナーとして学んでいただくことはありがたいのですが、MGとの関連で伝える方がより分かりやすいと感じているからでもあります。

私自身もMGを通して脳力開発を深く学び、それをまたMGにフィードバックしていくことで、自社の社員さんに「脳力を活用するとは行動すること」の重要性を伝えました。つまり相乗効果を期待し、彼らもまた期待にこたえてくれたのです。企業再建の要はMGでしたが、脳力開発が後押しをしてくれたわけです。

体験知識をより深めて、さらに科学性(行動科学としての脳力開発)を高めていくこと、それを今回の学びと交流の中から見つけて参ります。来年のセミナーの中で活かせていけるように。

脳力開発は人間学であり行動科学です⑱

 現象には、大きく分けて自然現象と社会現象とがあり、後者はいうまでもなく人間が行動することによって生まれます。それが過去から積み重なったものを、歴史とも呼んでいます。ですかTyourei ら歴史を学ぶことは、人間の行動を学ぶことでもあるわけです。人間はその行動によって、自分がおかれている環境条件を変化させたりすることもあります。自然(の事物や物質)は人間の意志とは別個に内部的変化をつづけていますが、その自然と人間との関係は、やはり人間自身がつくり出していると言えます。

 人間は、自然を含めた環境条件を変化させようとする行動と、現状をそのまま維持していこうという行動のどちらかを選びます。というより、この二つのどちらかを選んで行動している、つまりこの二者択一の行動以外はあり得ないと言って良いでしょう。少し前に、人間(の脳)は二つの活動方向しか取れないと書きましたが、その二つとは変革への行動と現状維持、つまり不変革の二つです。一人の人間がどちらか一つに片寄っているというわけではなく、必ず混じり合っています。

 ある人は変革が主流であるが、現状維持の面も持っています。またある人は現状維持が主流の行動ではあるけれど、どこかに変革の意識を持ち行動にも表れるのです。どちらが主流かによって、変革型と不変革型、あるいは改革派と保守派といった分類が生まれます。ですから、変革型改革派と思われている人であっても、ある時には不変革で保守的な言動を取りますが、別に不思議なことではありません。どうやったらうまく生きていけるか、そういう客観条件の違いで変わっても当然なのです。

男どもよ、夫婦別姓について真面目に考えよ

ようやく今季2度目の大きな寒気がやってきたようで、本格的な雪になっています。朝方はImg_1504 雪混じりくらいでしたが、今は大きな牡丹雪で屋根が白くなってきました。東の山も真っ白、まだ降っていない新潟でも、平年よりかなり遅い初雪になるようです。この寒気は長くつづくことはないそうですが、それでもスキー場はホッとしているかも。

さて、昨日の最高裁判決・憲法判断。常識的判断と言ってしまうと、身も蓋もないかも知れませんが、私の感覚ではちょっとがっかり。「女性の再婚禁止期間」は憲法違反、これは当然とも言える判断で異議なしです。民法規程制定から100年以上、未だに規程が生きていること自体が異常でしたから。

ただあくまで再婚禁止期間は残す(100日程度)というわけですから、果たしてその日数が合理的なのかどうかは疑問であり、議論の余地がありそうです。

問題は「夫婦別姓」についての判断ですが、判事15人中5人が違憲という反対意見でした。しかも女性判事は、3人とも反対意見というところにも、注目したいところです。世論は半々だと言っていますが、将来を担う若い年代には積極的に別姓支持が多いとか。

また、現状では大半(96%)が婚姻の際に夫の姓を名のるようですから、余り制度的な制約を受けない男の側は、真剣にこの問題をとらえていないようにも感じます。立法府に今後の検討や議論をということですが、国会議員は圧倒的に男が多く、しかも大半が50歳以上というのが状況です。期待する方が間違っている?

確かに、法律では「どちらの姓でも選べる」のですが、実際には男の姓が選ばれている。昔のように男が働き、女は家を守るということが主流の「家族制度」なら、それでもよかったかも知れませんが、今や女性が社会に多く進出し、しかも政策として女性活用を打ち出している中で、現行民法のままで良いのかということは、すぐにも真剣に議論すべきことでしょう。

日本独自の定着制度だという見方も間違ってはいませんが、それはこれまでが男社会だったからに過ぎません。しかも、その男社会という言葉、そろそろ死語になってきてはいませんか? もちろん、国家機関の中では生きているのでしょうけど。

ちまたで語られている桶狭間合戦の虚々実々

桶狭間の戦い、あるいは桶狭間合戦は歴史の教科書にも載っているし、歴史の転換点といった扱いで著名である。しかし、その内容については諸説があって、詳細をきちんと語れる人は少ない。また、「桶狭間合戦の跡」も実は1カ所ではない。

桶狭間合戦は永禄3年というから西暦では1560年、信長26歳の出来事である。相手は、駿河と遠江、三河を治める大大名の今川義元、率いる兵もこれまた諸説あって2万5千とも3万とも言い、ハッキリしない。合戦の(今川方の)目的も、上洛して天下に号令するためだとか言われていたが、これはほとんど否定されている。

また、対する信長軍もどれだけの兵力だったのか、2千人から4千人くらいまで諸説あっPhoto て、こちらも明確ではない。信長の傍に仕えていた太田牛一が書いた「信長公記」が、写本だがほぼ完全な形で見つかり、解明が進んではいるが、合戦から50年くらい経ってから記憶とメモを頼りに書いたものだから、すべてが正確とも言えないだろう。

さらには、この戦いが奇襲戦であり、桶狭間という谷間に休んでいた義元を、山道を迂回してきた信長軍が、「逆落とし」のように攻め込んだとか、当時は梅雨時で豪雨あるいは激しいにわか雨が降っていて、その雨に紛れて奇襲したとか、とにかく憶測論が渦巻いている。何しろ、迂回急襲説は戦前の陸軍が編纂した戦史資料なので、権威があったわけだ。

しかし、これらの説の多くは現在は否定されている。今川軍は上洛が目的ではなく、尾張の国境を侵略し信長を封じ込め、あわよくば併合しようとしたと言われる。第一、3万足らずの兵力で尾張と戦い勝ったところで、その北には大国・美濃があり、さらに京都への道筋には近江がある。京都に行きつく前に兵が枯渇してしまいそうだ。

迂回でなく、当時のメイン道路・鎌倉街道を真っ直ぐに南下し、そこから桶狭間に向かったことは「信長公記」に明記してある。桶狭間あるいは田楽狭間も険しい谷間ではなくなだらかな丘陵で、義元が本陣を置いたのも「桶狭間山の中腹上の方」と言われる。

となると信長軍は「逆落としに攻めた」のではなく、逆に下から上に攻め込んだことになる。これは圧倒的に攻める側が不利で、守る側が有利であるはずだ。しかし、義元の本陣は崩壊して総崩れになり、義元自身も首を打たれた。その辺りを、一つずつ実際の現地を見た目で検証してみることにしよう(続く)。

脳力開発は人間学であり行動科学です⑰

マスコミで伝えるニュースは、大部分が特異性(特殊性)であることは前回述べました。特異Photo 性とは特別なことで、普遍性すなわち日常当たり前ではないということです。脳力開発では「少数部分」とも呼んでいます。城野宏先生は「浅草の火事」という話で、このことを教えてくれましたが、つまり新聞に載るのは「浅草で火事があった」ということ(特異性の事実)であり、TVのニュース映像が伝えるのは火事で盛んに燃えているという場面です。

 私たちは「浅草の火事」からは、燃えているところに注目するのではなく、燃えている浅草の一部分以外は「燃えていない」ということに着目するのであり、大半の浅草は安全であるという事実なのです。特異性は目立ちます。目立つからこそニュースとして取り上げられるのですが、特異性以外は普遍性の部分であり、その方が圧倒的に多いということになります。そちらが主流であり、もし目を向けるならそちらの方だということになります。

 ところが、どうしても私たちは目立つ部分(実は少数部分)に目がいきやすく、ともすれば主流部分を忘れがちになります。いずれにしてもマスコミ情報を見る時には注意が必要だというのとは、お分かりいただけたでしょうか。しかも、マスコミ情報はすでに「過去のもの」になっていることが多いことも、付け加えておきましょう。例えば「これが売れている」などという情報は、すでに鮮度が落ちているかも知れないということを認識しながら使いたいものです。

バースデーも遠征ちうでした

私事ながら、昨日12月12日が誕生日でした。昭和26年生まれですから、64歳を迎え、いよいよあと1年で「高齢者」の仲間入りです。年金も満額、大人の休日倶楽部もジパングになるまで残り1年、待ち遠しいことにして前向きに。

この10年で誕生日を地元で迎えたのはたった1回、昨日も朝はカミさんの「誕生日おめでとう」の声を聞けましたが、すぐに東京へ。さらには夜のフライトで鳥取、倉吉市に到着しました。64歳もスタートから仕事続きで、ありがたいことです。

で、昨日は久しぶりに東京ビッグサイトへ。現役時代は、ギフトショーをはじめ年に何度もPhoto 展示会に来ていましたが、ここ数年は機会もなく過ぎていました。昨日はエコプロダクツ2015という展示イベントを観てきました。

東館の展示場を全部使った大きな展示会、さすがに限られた時間に全部回るのは不可能で、最初からピックアップしたところを中心に歩きました。大きな企業の展示も、さすがさを感じるものが多々ありましたが、小なりとも光るアイテムもいくつか目につきました。

目立ったのは小学生から高校生までの集団、きっと「環境授業」の一環なんでしょうね。一所懸命メモを取ったり、ショーイベントに参加している姿を目にしました。もっとも、何しろ集団で動きますから、一人で歩き回る私にとっては見たいところになかなか近づけないとか、そういいうこともありましたが、それは佳しとしましょう。

それほどマナーが悪いということではありませんでしたし、そうやって環境に対する関心を強めてもらうことは良いことですから。

ところで、「乗り鉄」の私にとっても、実はこれまで未乗区間であった、「りんかい線」の大井町と国際展示場間の区間を初乗りできましたので、大いに満足です。さて来月は仙台市の地下鉄未乗区間に行って来ましょうか。

古いヤツだとお思いでしょうが・・・

全国的に荒れた1日でした。神戸ではルミナリエのメイン会場の電飾が、強風に倒れてしまったとか。新駅の建設工事現場での足場が崩れたり、各地で強風による運転見合わせも出ているようです。明日には回復してくれるようですが。

新潟でも時ならぬ大雨、12月にこんなに降るのはほとんど記憶にありません。昨年の今頃は例年にない大雪で、長岡市内もすっかり真っ白でしたが、今年はまだ月初めにアラレが降ったくらいです。明日オープン予定のスキー場も、半数以上が延期するようですし、まだしばらくは雪にならない予報です。

Img_1466 そんな中で、長岡市内には恒例のイルミネーションが輝いています。駅前から、メイン会場のアオーレ長岡、そして大手通はじめ各所に輝く光のページェントが、心を和ませてくれます。本来なら雪の街に輝くはずなのが、ちょっぴり残念ですが。もちろん電飾はLED、その昔クリスマスツリーに豆電球を取り付けたのは、もう遠い想い出ですね。

さて、明日からは遠征(東京・鳥取・神戸)ですが、東京や神戸では暖かさが続くらしく、着替えに何を持って出るか、難しいところです。

年末と言えば年賀状ですが、今年も昨年に引き続き喪中ですので、「年末状」あるいは「寒中お見舞い」を送らせていただきます。年末状は数を絞らせていただき、来週辺りにお手元に届くように表書きとコメント書きを続けています。遠征にも持って出ます。

昨今はメールで年賀挨拶を送る方もいらっしゃいますし、またSNSでのお正月投稿で間に合わせる向きもあるようですが、私はやっぱり今年も「マンダラ便り」と、筆書きの表書きにこだわります。古いヤツだとお思いでしょうが・・・ってところ。

今年も残り20日余、私も今日で63歳が終わります。元気に一杯やるかな。

脳力開発は人間学であり行動科学です⑯

情報には3種類ある
 情報には3種類ある、それは甲情報・乙情報・丙情報だとしたのは、戦前の陸軍中野学校の教えだったと思います。脳はまず五感から得た情報を集約するところですので、情報のPhoto 確度は指令を出す上で重要な要素となります。甲情報は最も確度が高いのですが、それは自らが情報現場に接近して取り得る情報だからです。乙情報は、最も信頼する部下や仲間が情報現場から取ってきた情報です。

 そして丙情報は、甲と乙以外のすべてだということになるのです。そこでよく問題になるのがマスコミ情報、例えばTVでリアルタイムに映し出される「事実」、大新聞の記事、一流といわれる雑誌の署名記事等々。脳力開発では、これらも上の原則に当てはめればすべて丙情報の扱いになります。現象には、自然現象にしろ社会現象にしろ、普遍性と特異性(特殊性)とがあります。大半は普遍性なのですが、特異性は目立つのです。そこで、マスコミは主にこの特異性を取り上げて記事やニュースにするわけです。

 普遍性現象は、誰でも知っている平凡で普通のことなので、記事にしても面白くはない。あるいは注目されないから、新聞や雑誌は「売れない」し、TVの視聴率は上がりません。寝て起きて歯を磨いて朝ごはんを食べた、などと書いても見向きもされないでしょう。殺人事件が起こったとなると、これは特異性の事実だから、たちまちニュースになります。稀なことなので記事になるわけだし、かといって、日本人すべてが殺人者になって毎日人殺しをやっているわけではないのです。

信長は時代の最先端をいく独創家だったか

雨が降らないばかりの曇り空、気温はさほど低くないのですが、余り温かさを感じません。書籍の断捨離に力を入れていますが、残す本をどこまで絞り込むか、ちょっと悩んでいます。

さて、信長についての私感です。よく言われるのは、非常に先進的であって、他の誰もがPhoto やれなかったことを次々にやってのけたと。先進的であったかどうかは分かりませんが、旧来の陋習に余りとらわれなかったことは事実でしょう。

それでも、例えば桶狭間の戦い直前には、集結した熱田の宮で戦勝祈願を行っていますし、その他いくつかの事例を見ても、すべて古いものを不定したわけではないようです。ただ判断は非常に合理的であって、活用できるものや役に立ちそうなことはやり、そうでない事柄は捨てていったと思われます。

あるいは既存宗教(仏教)を否定したとも言われますが、これは比叡山の焼き討ちや一向一揆との戦いをさすのでしょう。しかし、それはあくまで信長の天下統一に障害になっているという理由であり、決してすべての仏教を否定もしていません。第一、信長最後の地は本能寺ですが、ここは法華宗のお寺です。

また、全く新しいものを信長がつくり出したというのも、ちょっと違うようです。すでにどこかで誰かがやっていたことを、もっと大々的に、より効果的に推し進めていったというのが正解でしょう。楽市楽座がそうですし、安土城に見られるような天守閣を含む城郭建築もです。

かといって独創性がないとは言いません。むしろ、それまでにない独創性があったからこそ、時代の先端を行くような施策をどんどん打ち出していけたのだろうと考えます。それを阻むものは、容赦なく討ち滅ぼしていった、そのことにためらいがなかったのでしょう。

では、次回はいよいよ桶狭間合戦に焦点を当ててみることにいたします。

想い出に残るプレゼント

昨日に続いて、今日もきれいな青空です。放射冷却で早朝は冷え込みましたが、これから気温が上がって小春日和の1日になるようです。最も明日からは初冬らしい雨がちの天候に変わるらしく、おトクは今日までですね。Img_1459

さて街中はすっかりクリスマスモード、大きな施設をはじめあちこちにクリスマスツリーが飾られています。我が家のマンションにも、エントランスに間もなく登場するようです。最近はLEDを多用した飾りが多く、闇にも栄える感じが高まっています。イルミネーションもLED全盛、個人宅のイルミもかなりの節電になるのでしょう。

さて、クリスマスといえばプレゼント、なかんずく昨年からは孫ちゃんへのプレゼントです。昨年は初めてのことで、それこそクリスマス前夜のギリギリまで探し回って大変でしたが、今年は孫ちゃんの好みも分かってきましたので、一つは早々と決めました。あともう一つもだいたい固まっているので、バタバタ慌てることもないでしょう。

来年くらいからは、孫ちゃんからのリクエストもあるかも知れませんね。もしかしたら「あれ買って!」といった叫びも聞かれるかなと、じぃじ(グランパと呼ばせたいけどムリかな)とばぁばは話し合っています。鉄ファンのじぃじとしては、そろそろプラレールかと狙っているのですがねぇ。

それにしても、昨今は孫の『財布』はたくさんあるようで、良いのか悪いのか。思い起こせば私など、クリスマスプレゼントはもらった記憶がありません。12月生まれなので、誕生日プレゼントでクリスマスも併合されましたし、そもそも60年くらい前はクリスマスといって騒ぐことも余りなかったですから。

誕生日にもらった積み木で、ふすまの敷居を線路に擬して電車遊びをし、そして小学生の時にプレゼントされたHOゲージの電気機関車。これが私の「鉄の道」を決定づけました。さて我が孫ちゃんはいかがなりますか。

夫婦別姓についての私感、もしかしたら期待

先月、バカバカしい民法規程は変えた方がいいということをつらつらと書きましたが、これもその一つかなと思うのが、最近議論の的になっている夫婦同姓の規程。規程そのものより、噛み合わない議論について。

ちなみに私は「夫婦別姓」賛成派です。というより、そうあるべきだと思う一人です。現実問題として、私の周りにも結婚後も仕事では通称として旧姓を使っている方が、少数派ながPhoto_2 ら何人かいらっしゃいました。皆さん仕事のできる方で、溌剌としておられました。

仕事で出会ってから、しばらくして結婚された方もおられましたが、もしその際に苗字を(夫の姓に)変えられ、その新しい名刺を受け取ったらこちらが戸惑ったかも知れません。いつの間にか名札の名が変わっていたのに気付き、「結婚されたのですか?」などと聞いたら、もしかしたらセクハラに類するかも。

もちろん、「私結婚しました」とその方は打ち明けられ、「でもこの名前で引き続き仕事をやらせていただきます」と。第一、姓を変えられてもこちらは旧姓で呼んでしまったことでしょう。その方が自然でしたから。その方が失礼になったかも知れないなと思ったり。

ところで、夫婦別姓に反対の論者の言い分は、その多くが「日本的(伝統的)な家族制度の崩壊になる」からと。ところが、現状の『別姓認めず』でも、夫婦の3組に1組が離婚しているのですぞ。夫婦同姓でも、家族制度は崩壊しているのではないですか? それともまだこの程度では、崩壊はしていないといわっしゃるのでしょうかねぇ。

実際、現在の制度では、あえて別姓にしていると困ることや不具合がいっぱいあるのだとか。その制度や仕組みを変える必要はあるでしょう、それをやってでもすぐに別姓を認める、少なくとも選択可能にするべきですね。色んな問題はありますが、世界に日本だけといわれる現制度は改めるべき。

しかも少子化で『家』(や墓)を守っていくことすら、難しくなっていますよ。我が家もそうで、娘は旦那の姓を名のったので、「板東家」は私の代で絶えてしまいます。これも「別姓」が認められていないせいでもあるのですから。

さて、間もなく出される最高裁の大法廷判決はどちらに!? (写真はかつて流産した法案を伝える新聞記事です)

脳力開発は人間学であり行動科学です⑮

 企業内の「貼り紙」についてのつづきです。企業理念などは毎日朝礼で唱和をしますから、社員たちはその言葉を、一字一句間違わずに暗記できます。しかし抽象化された言葉では、どういう具体的行動を取ったら良いかまでには思い至りません。つまりどんなに素晴らしい言Photo 葉であっても、実践行動に結びつくとは限らないのです。脳細胞は「自覚」という言葉を記憶細胞(海馬)に保存はするが、抽象言葉では、他の行動細胞に指令を与えるようなコンビネーションは結べないのですね。

 ですから、「職場を美しくしましょう」ではなく「落ちているゴミは必ず拾い上げましょう」という、実践行動を表示する言葉であれば、社員は誰でも容易にそれと同じ行動をとることができるのです。実践行動を繰り返すと、今度は概念的で抽象的な言葉であっても、ちゃんと脳細胞のコンビネーションが働いて、行動指令が日常的に発せられることになるのです。社員教育・人財教育とは、こういうシナプス形成を進めていくことを言います。

 言い換えれば、実践と結びついた教育でなければ脳回路のコンビネーションは作れないということであり、脳力開発講座もそのことを念頭に置いて「脳力」を発揮できる習慣づくりを目的としているのです。ところで余談になりますが、中小企業経営の神様と言われた一倉定先生はこのように言われました。「貼り紙のいっぱいある会社にろくな会社はない」そうですよ。実践行動が日常的にできるようになってしまえば、もう貼り紙などは不要だからでしょうか。

信長と濃姫とは早々と離縁していた?

今日はとってもいい天気です、12月としては貴重な晴天かな。先週末とは違って、温かくなるようですが、暦の上では「大雪」なので、そろそろ長岡らしい雪景色も恋しくなります。

さて今日は「歴史と人間」です。脳力開発セミナーでは、これまで時々ですが「歴史に学ぶ人間学」と題して、色んな英傑を取り上げてその思考や行動に学ぶという講話をしてきました。取り上げる人物は、やはりなるべく皆さんが知っていることが必要です。無名の人物では、興味が湧かないでしょうから。Photo

そうなると、勢い戦国武将を取り上げることが多くなります。信長、秀吉、家康という天下人や、信玄と謙信、その周辺にきら星の如く輝く石田三成や直江兼続など。とりわけ3人の天下人は、それぞれにファンがいて興味を持って聞いていただけます。

蛇足ながら、若い人や女性に人気があるのは信長、年配の方や経営者層に人気があるのは家康、そして秀吉はまんべんなく各層に親しみを持たれているようです。私としてはこれに光秀も加えたいのですが、やはり主殺しという事実に反発する方が多いですね。

さて織田信長、そのイメージは積極果敢で新しい物好きで進取の気性といったプラスイメージと、独善的で冷酷、わがままで厳しく激しい気性などのマイナスイメージが拮抗しています。でも、秀吉の妻であるねねさんに送った手紙や、子供や妾たちへの温かな接し方など、人間的な部分も垣間見ることができます。

マイナスイメージは、比叡山の焼き討ちや長島一向一揆におけるだまし討ちの皆殺し、あるいは佐久間信盛や林秀貞など旧臣の追放などがあったからでしょう。光秀に対する仕打ちが反逆の原因とも言われますが、これは虚実が混じり何とも言えません。

JR岐阜駅前に立ちますと、そこには金ぴかの信長像(写真)が建っています。西洋風の鎧とマント、時代を先取りした信長らしい雰囲気です。岐阜は元々は土岐氏が守護でしたが斎藤道三がこれを簒奪、その斎藤氏(道三の孫龍興)を追放した信長が、稲葉山城下の井ノ口を岐阜と改めたと言われています。

ちなみに道三は信長には岳父にあたります。ただ正妻の美濃御前(帰蝶・濃姫)との間には子はなく、早々離縁したという説もあります。大河ドラマなどでは、本能寺の変まで傍にいて一緒に死んだということになっていることが多かったようですが。確かに京都にも濃姫と伝えられる墓があります。

道三と親子になったのは、信長の遠大な戦略『北は斎藤と和し、東は今川に当たる』の表れと、脳力開発の師・城野宏は喝破しましたが、武田信玄への贈り物や朝廷への献金など、仮想敵国・今川を先代の信秀時代から意識していたようです。

その今川とぶつかった戦いが桶狭間合戦です。ではまた。

京阪神ではホテル予約に苦労してます

3日間の遠征から戻りました。2日前の金曜日には、暴風の影響で不通だった信越線の海Img_1447 岸沿いも今日は無事に往来ができました。もっとも、風は相変わらず強めで海は高い白波が岩に砕けていました。

今回は神戸での仕事でしたが、ちょうど金曜日からルミナリエが始まったようです。阪神淡路大震災の犠牲者追悼と、復興祈願で始まったルミナリエも今回で21回目だそうですが、毎年その存続開催が危ぶまれているとか。企業協賛金の減少が大きいそうですが、一般から寄付金を募る募金箱も置かれています。

今年も装飾された道路の距離が短くなり、期間も2日間短くなったとか。これからも続けて欲しいと願いますが、やはり震災から20年以上経つと、意識も薄くなっていくのでしょうか。でも昨夜は土曜日ということもあり、かなりの人出だったようです。また今年の電飾はそのすべてがLEDになったとか。

さて、今回は神戸の仕事だったのですが、ルミナリエの影響もあって神戸での宿泊は断念して、大阪で泊まりました。その大阪のホテルでも、飛び交う言葉の多くが中国語。京阪神の都市部は、中国人ツアー客に席巻されているような感さえあります。

それはそれでけっこうなことですが、とにかく季節や曜日によってはホテルの予約が取れなくて困ります。何とか予約が取れそうでも、宿泊料金が上がってしまっていて、懐具合を直撃されています。かといって、顧問契約料やセミナー参加費を上げるわけにもいきませんからねぇ。

さて次の遠征は、また今週の土曜日から。東京、そこから鳥取へ、神戸の仕事を終えると帰還です。それまでにやるべき仕事が山積み、今夜だけ息抜きしたら、仕事モードを全開にしなくては。

十三のションベン横丁

ションベン横丁、大阪十三(じゅうそう=淀川区)の阪急十三駅西口周辺に広がっている、赤提灯が所狭しと林立している一画でした。正式にはトミータウン(トミーは十三のシャレ読み)というのですが、近くに公共トイレ施設がなく、酔っ払った客が軒塀に立ち小便をしていたことから、この名がついたとか。

戦争で駅周辺は焼け野原になっていたのが、戦後闇市や飯屋が建ち並び、やがて大衆酒場やホルモン焼き店などおよそ50店くらいが店を開き、安くて呑めることでも人気がありました。

Img_1437 私の記憶でも、駅のガード下にはエセ傷痍軍人や街娼的な女性(十三には戦後しばらく青線が残っていました)がたむろしていたり、それに続くションベン横丁は妖しげなところに見え、小学生の頃はとにもかくにも「近寄りがたい」一画でした。

初めて足を踏み入れたのは大学生になってからだったでしょう。高校が十三にありましたので、クラブの仲間が集まったり、同級会の二次会などで、安く呑めるからとションベン横丁の店を使うことが始まりました。イメージとは違い、それなりに健全な飲み屋街で、ぼったくりの店はもちろんありませんし、懐の寂しい学生にはありがたいところでした。

それが昨年(2014年)3月、大火で40店近くが焼けてしまい、しばらくは十三駅の西口が閉鎖されていたりしたほどでした。がれきの撤去にも半年くらいを要したそうですが、復興の槌音がようやく響き始めています。しかし厳しい消防法の故に、かつての飲み屋がひしめき合うカタチにはならず、イメージはかなり変わるようです。

まだ現在は少数の店舗しか営業していません(写真のように寂しい・右側は復興ビル建設の塀)が、昨夜はその内に一軒に行って来ました。串焼きが1本80円から90円、おでんが100円か150円、一品料理も300円か400円くらい。お酒も安いです。望みもしない付きだしなんかは出ません。お腹いっぱい食べて飲んで2千円でおつりが来ました。

どんな形で復興するにせよ、ションベン横丁の名は残して欲しいものです。

私と阪急電車 そのかかわり史

昨日からの短い遠征、長岡と大阪・神戸の往復ですが、当初は北陸回り(長岡-上越妙高-金沢-大阪)の往復を予定していました。しかし低気圧の発達による強い冬型気圧配置で、暴風の影響を受け信越本線の海岸区間が運転見合わせになり、急遽東京経由・新幹線利用に変更でした。明日の帰り道は、大丈夫そうです。

 
さて、標題のことですが、その関わりは実に60年近くにもなります。私は大阪市内の天王寺区(の病院)で生まれたのですが、育ったのは旭区の社宅で、近くを大阪市電が走り、淀川の河原には護岸工事のトロッコを牽くSLが走り、それを眺めて幼少時を育ちました。その頃から早くも「鉄」の片鱗が見え始めていたようです。

4歳の時に親の転勤もあって、新しい社宅に引っ越しました。引っ越し先は同じ大阪市内でT_10120069 すが、東淀川区(現在は淀川区)の十三で、阪急電車の十三駅から歩いて5分くらいのところ、淀川の堤防に上がれば複線の阪急電車が見られました。当時はまだ現在の京都線(実際には宝塚線の線増)はなかったのです。

こうして阪急電車が身近になり、マルーンカラーに惹かれていったわけです。沿線には箕面や宝塚、六甲、仁川、そして京都・嵐山などの観光地も多く、両親に連れられて阪急電車に乗って出かけました。もちろん先頭車両の運転台が見える場所に張り付き、スピードに酔いしれていました。多分すでに100km/Hを越えていたはずです。

神戸線810系や京都線710系強馬力の吊掛駆動車、また京都線のデイ100系の重厚でクラシカルなスタイルに魅了されました。それに比べると当時の宝塚線は、急カーブも多くて車両も小型や古強者が多く、ちょっと見劣りしていました。

中学校卒業までは十三に住んでいましたが、高校では郊外に自宅が新築されて、電車通学になりました。あこがれのデイ100急行での通学が実現したのです。とはいえ、実は家も学校も国鉄駅に近く、2年間は国鉄で通い、3年生になってようやく京都線での通学になりました。

当時は今のようにスマホで写真をというわけにはいきません。カメラを持って通学することもできませんし、何しろクラブ活動(陸上競技)に熱を入れていましたので、乗り鉄は毎日やっていても撮り鉄はほとんどなしでした。

それでも毎日が阪急電車でしたから、当然の如く阪急ファンになり、今に至っているわけです。母の死で、9月に大阪の拠点にしていたマンションを手放し、阪急電車に乗る機会も少なくなってきました。それでも毎月神戸に来ていますので、いつもマルーンの電車を目にできます。

吊掛車は姿を消し、新性能車も初期のものはなくなり、2000系や3000系も多くが消えていきましたが、伝統のマルーン色はこれからも守られていくことでしょう。故に私の阪急ファンもずうっと続いていくことでしょう。

脳力開発は人間学であり行動科学です⑭

次に「貼り紙」のことです。会社や工場、お店などを訪問することは多いのですが、多くの場 合貼り紙を目にします。経営理念や行動指針もありますが、月次目標とかスローガンが目5skatudou_2 立ちます。ポスター的なものも多いですね。内容を読んでみますと、もちろんいいことが書いてあるのですが、抽象的な表現が半数以上です。例えば「職場を美しくしましょう」とかいう感じですが、見てみると部屋の隅にゴミが落ちていたり、ホコリが溜まっています。
 おそらく5S活動などの一環で、整理整頓や清掃の徹底を目指しているのでしょうが、こういう抽象的なスローガンでは、社員たちは自分の価値観と感覚で動いてしまうでしょう。あるいは具体的に何をするか分からず、行動に結びついていかないこともあるようです。

 企業理念の中にも、抽象的な表現がかなり見られます。一例では「社会の役に立つ企業を目指す」というのがありましたが、何をしてどんな役に立とうとしているのでしょうか。社長は分かっているのでしょうが、社員には?? この社長はきっと、いつも具体的な実践行動を抜きにして、物事を何でも概念的に、抽象的にとらえることが習い性になっているような気がしました。時には、どこかで聞いたり本で見たエラい人の言葉を借りて、滔々と社員に語る社長もおられます。

 朝礼ではその経営理念を毎朝唱和しています。社員も暗記していますから、社長はそれで満足しているようです、「ウチの社員は理念をよく理解している」と。では実際行動はどうなの、できているの、と聞いてみたくなります。

専門誌の断捨離をボチボチ始めてます

昼前から雨、午後に入って気温が徐々に下がってきて、今朝の気温を下回っているようです。明日もこのまま冷たい雨降りでしょうか、朝から関西遠征ですが、心配なのは風です。北陸回りのJR線での移動を予定していますが、これまでも何度か強風で止まったりしたことがありますので。

T_img_0441 まぁ、それはなるようにしかなりませんね、相手が自然ですから。もしダメなら、東京経由の新幹線乗り継ぎでも行けますから。もっとも、運賃は1.5倍かかりますけどね。それも仕方がないでしょう。

ところで、一昨日届いたドキュメントスキャナー、昨日から本格的に「自炊」を始めました。何といっても溜まりに溜まっている雑誌(専門誌)の断捨離、一時期フラットスキャナーで数年分をやったのですが、時間はかかるし面倒で中断していました。

もちろん、全ページをスキャニングするのではなく、読みたい残したい記事の部分だけですので、1冊当たり20~40ページといったところです。そのスキャニングスピードに大満足、精度も合格点です。アマゾンからのネット購入ですが、事前の下調べはかなりやりましたし、候補をいくつかに絞ってから選びました。

もっとも、時間の合間を見ながらの「自炊」作業ですので、1日で最大10冊ちょっと、何とか1年分を目標にしたいところですが、明日からはまた遠征でできませんので、一体どのくらい時間がかかるものやら。カッターナイフでの裁断ですので、こちらも裁断機を買うべきかどうか悩んでいます。

古いバックナンバーの貴重本についてはどうしようか、まだ迷っていますが、これも思いきってやってしまうかと。おそらく古書店に売ったり、オークション出せばそれなりのプライスがつくのでしょうけど、断捨離はアキラメでもありますから。

なお、PDF化したデータはEvernoteに保存します。

我が師・城野宏先生の祥月命日前に体験講座

おはようございます。この季節にしては暖かい朝ですが、昼間の気温もほとんど上がらないそうで、だんだん季節風が強まると冬の天気に変わっていきますね。週末は里でも雪が降るところもあるようです。

さて、今月21日は我が師・城野宏先生(写真)の祥月命日です。昭和60年に亡くなられまし0 たので、今年でちょうど30年になります。33回忌にはもう2年ありますが、一つの区切りを迎えたなという感がします。

私と城野さんとの出会いは、実はMGに出会うよりも数年早かったのですが、一念発起して脳力開発を深く学び出したのは、MGすなわち開発者の西順一郎さんに出会ってからのことでした。西先生ご自身が城野さんのセミナーで学ばれ、MGの中に脳力開発の考え方が盛り込まれていることを知ってからのことでした。

それが昭和63年のことですので、本格的な学びから27年経ちました。企業再建の中で、社員教育としてMGと脳力開発の両輪を回し、幸いにして再建が成ったことで、城野さんの提唱された教えの正しさを確信したのでした。そこで、私自身が言うなれば「伝道者」としての役割を果たそうと決意したのが平成11年。

大げさな言い方ですが、使命感として「城野さんの教えを多くの人に伝えていく」ことを決意したのです。試行錯誤しながら、今年ようやく『未来に舵切る脳力開発講座』というプログラムを作りました。来年も、内容を更新してオリジナル性も高めながら、3月からの講座を進めていきます。

この講座の「体験講座」として、今月(15日・18-21時)、神戸・ビーラブカンパニーさんのセミナールームでセミナーを開催します。城野さんがどんな願いで脳力開発を世に提唱されたのか、私なりの体験と思いを通してお伝えします。

ぜひ講座へのご参加、お待ちしています。(FB案内は下記アドレスより)

https://www.facebook.com/events/726765100793412/

三国志は史実よりも小説・漫画の方が面白い

今朝はかなり気温が下がっていましたが、晴れた空から日射しが降り注ぎ始めて、気温は少し上がっていわゆる「小春日和」になってきたようです。先月下旬は暖かい天候が続いたせいでしょうか、一時期高くて手が出なかった野菜の値段が下がってきていますね。もっとも、逆に値下がりが極端で、出荷せず廃棄にしなければならない状況にもなっているとか。

年末恒例、新語流行語大賞も発表されました。「爆買い」で潤っているのは、どの業界なのでしょうか。一般庶民にはいささか迷惑の方が多いようですが、しっかり儲けてちゃんと税金を払ってくれれば言うことはないですがね。遠征時のホテル予約が大変なのと、宿泊料の高騰には悩まされていますが。

さて、今「中国人物伝」(井波律子著・岩波書店)の第Ⅱ巻を読んでいます。三国時代から92ba5b83 南北朝という流れで、曹操と孫権そして劉備の比較を面白く眺めています。また、「演義三国志」ではない史書からの援用が主ですので、正しい(と思われる)人物伝になるほどとうなずいています。

私もセミナーなどでは、三国時代のことを事例としてお話をすることがありますが、小説としての、つまりフィクションとしての諸葛孔明や関羽、あるいは周瑜や呂蒙などについて述べることが多く、あくまでフィクションだと断ってお話しするようにしています。ですが、ベースとなっている民間伝承された話は躍動的で、また人間的で面白いことも事実です。

とくに赤壁の戦い前後の、孔明と周瑜の知恵比べというか、虚々実々の心理戦は見事なまでに「人間模様」を浮き彫りにしていて、血肉沸き立つところです。三国志には、非常に多くの人物が登場しますから話題には事欠かないわけで、しかもいずれもが個性的です。

また、吉川英治さんの「三国志」を基にした横山光輝さんの漫画は、私も全巻手に入れて何度も何度も読み返しました(挿入した写真はその一節です)。来年3月からの『未来に舵切る脳力開発講座』では、私の講話プログラム「歴史と人間」の中で、三国時代の人間も取り上げる予定です。

さて、誰を取り上げることにしましょう、悩むところです。

脳力開発は人間学であり行動科学です⑬

脳力を使うとは行動すること


 自分がこう考えて、こう行動したらこういう結果になりました、ということをハッキリと言えない人が多いようです。著名で権威ある人の言葉でなければ重みがない、といって他人の言葉Photo を引用する方を大事にしていては、発展はありません。ついにはそれがさも自分のオリジナルであるかのように、十年一日繰り返している「先生」もおられるようです。丸暗記では、テープ式思考行動だけでは、新しいシナプス形成は行われず、よって新しいコンビネーションなど生まれてくるはずもないのです。
 いずれにしても、テープ式思考行動という脳の使い方からは、早く脱却した方が良いでしょう。そのためには得た知識は実際に使ってみるという、実践型の思考行動を意識することです。

 脳を使ったということは行動で証明されます。脳力(を使うこと)と行動することとは一体なのです。テープ式思考では、言葉には出してみても実際行動まではなかなか至りません。他から引用したものは、自分のものにはなっていないからです。
 つまり実際行動は、自分の本当の考えによって発動されるのです。ですから人を殴っておいて、「あ、ごめん、手が滑って」とか弁解しているのはウソなのです。ちゃんと殴ろうという意志を持っていて、脳が殴れという命令を出すから手が動くのです。もちろん殴るまいという気持ちもあるかも知れませんが、主流は「殴れ」なので、ちゃんと殴ってしまうのです。殴らないが考えの主流なら、ちゃんと「寸止め」で手は止まってしまうでしょう。

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