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最後の急行客車列車「はまなす」に寄せて

明日から今月最後の短い遠征ですが、新幹線での東京往復ですので、旅感覚は薄いですね。それにしても長岡から東京まではたったの1時間45分前後、しかも大清水トンネルを挟む高崎-長岡間はトンネル区間ばかりですので、やや情緒にはかけます。70年代、急行列車に揺られて気候の変化を愉しみながら、旅したのが懐かしいです。

そんな「急行」列車が、来年3月に全国のJR線路上から消えてしまいます。臨時列車やイベント列車には「急行」の種別が残るでしょうが、定期列車としてはなくなります。ついでに、客車列車も夜行旅客列車も定期列車としては姿を消します。つまり、北海道新幹線開業による来年3月26日のダイヤ改正で、最後に残った急行夜行客車列車「はまなす」が廃止されてしまうのです。改正前の3/20が最終運転日と言われています。Photo

60年代の私にとっては、急行列車はあこがれの的でした。特急列車は高嶺の花というか、目にすることも稀でしたが、急行列車あるいは準急行列車なら、カメラを抱えて大阪駅や京都駅に行けば、見ることができました。初めて乗ったのは小学校も高学年になってからだったでしょう。家族旅行で紀州に出かけた時でした。

70年代つまり学生時代は、均一周遊券を持って全国を旅しましたが、この周遊券では急行列車が乗り放題でした。夜行急行も幹線にたくさん走っていて、車中泊は当たり前、連続3泊したこともありました。夜中の駅での乗り継ぎもありました、その一つであった長岡に今住んでいるのは不思議な縁です。

やがて特急列車がダイヤ改正毎に新設・増発され、代わりに準急行が廃止、急行列車もどんどん減っていきました。80年代半ばには特急の数が急行を上回り、均一周遊券もワイド周遊券などに代わり、特急にも乗れるようになりましたが、やがてそれも廃止されてしまいました。その後も櫛の歯が欠けていくように急行がなくなり、「はまなす」が奇跡的に残っていました。

ちなみに「はまなす」という急行愛称は2代目で、かつては札幌-網走間の急行でした。私は初めて北海道に渡った頃には「大雪」に統合されて、気動車に代わっていたように記憶しています。

その「はまなす」、廃止までに乗りに行く機会はありませんが、鉄道ファン仲間からのSNS投稿などを見ながら、最後を送りたいと思っています。

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