« パワーランチ長岡も来年には60回目の節目に | トップページ | 「歴史と人間」というコラムをたまに書いてみよう »

聖地・高野山での思いを語る

今日はタイヤの交換に行って来ました、これでこの冬も大丈夫です。早いもので、1990年に長岡市にやって来ましたから、今回で25回目の冬です。晴れの国・岡山からやって来ましたので、当初は雪に戸惑ったり苦心しましたが、今では雪のない冬は考えられませんね。

さて、ちょうど一週間前は和歌山県の高野山(高野町)に出かけて来ました。今年は弘法大師の開創からちょうど1200年ということでしたので、春頃から出かける予定を立てていまImg_1327 したが、諸般の事情で今月になりました。当日は雨、山の紅葉もすでに終わってしまった感じでしたが、その分幽界という景色をみることができました。

ちなみに「高野山」という山はありません。1千m級の8つの峰に囲まれた、標高800m前後の平坦地に多くの寺院が集まっています。山内は金剛峯寺の境内になっていて、いうまでもなく真言宗の聖地、根本道場でもあります。

かつては女人禁制で、高野山駅から少し入ったところの女人堂までしか女性は入れなかったそうですが、もちろん今はそんなことはありません。私の乗ったバスにも、賑やかな「大阪のおばちゃん」たちが乗り込んでいました。奥の院への参道には、皇室や公家、あるいは諸大名の墓が並び、鬱蒼とした中に荘厳な趣があります。

そう言えば、叔父・秀吉との確執、暗闘に敗れて自刃した豊臣秀次の霊も、その中に眠っているのでしょうね。でも、そういった著名人の墓だけではなく、名もない墓や供養塔なども多く独特の雰囲気を醸し出しています。

小学生の時に林間学校で訪れた時にも、それから学生の時に何となく青春の悩みを抱えて出かけた時。さらには社会人になって、会社の研修で合宿して歩いた時、何度か同じ参道を歩いていますが、還暦を過ぎた今の感覚が一番しっくりくる感じでした。奥の院では、今年6月に亡くなった母のために、お線香を上げてきました。

ところで最近の傾向かも分かりませんが、外国人の姿も目立っていました。最も多く聞かれたのはやはり中国語、幸い冷たい雨のせいか大騒ぎをしている姿はなかったようです。帰りのケーブルカーの中でも、異国語がたくさん聞かれました。

来年は時間を見つけて、京都東寺の曼荼羅でも見に行ってきましょうかね。

« パワーランチ長岡も来年には60回目の節目に | トップページ | 「歴史と人間」というコラムをたまに書いてみよう »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107188/62747480

この記事へのトラックバック一覧です: 聖地・高野山での思いを語る:

« パワーランチ長岡も来年には60回目の節目に | トップページ | 「歴史と人間」というコラムをたまに書いてみよう »