釜石市を歩く
昨年からスタートした戦略行動学(脳力開発)・東北セミナー、今年も岩手県盛岡市で9名(2日目8名)の参加者で開催しています。
3.11の大震災があったことから、開催するかどうかを夏前まで悩んでいましたが、「3年間は継続する」ことの初心に戻って予定通り開講しました。2年連続で参加して下さった方も、半数いらっしゃいます。
このセミナーに、半年以上も前から「ぜひ参加します」と言って下さった方がおられました。3月の初めに、大阪で開催した別のセミナーに岩手県の釜石市から参加された女性。セミナーが終わって笑顔で再会を約したのが、最後になってしまいました。
それから間もなくして起こった大震災、仕事への新たな情熱に燃えて戻られた釜石市で、あの津波によって還らぬ人になってしまわれました。本当に残念なことに、再会が叶いませんでした。
セミナー前日の11月4日、早朝に盛岡市に到着した私は列車で釜石に向かいました。半年以上の長い時間の中で何もできなかったことへの謝罪と、そして心からの祈りを捧げるために。
JRの釜石駅から、その方のお店のあった海岸に近い街まで歩きました。道路の両側には、おそらくすさまじい津波の力に破壊されたのでしょう、赤い×印のついた建物が続いていました。
港に近付くにつれてそれはさらに悲惨な状況になり、また海から離れた地域にまで及んでいました。 建物の1階はおろか、2階あるいは3階まで被害の爪痕が残ったままでした。中越地震や中越沖地震を体験した私でしたが、その凄まじさに足が震えました。
お店があったところを、マップで確認しても、ただ手を合わせるだけでした。 1時間余り街を歩き回りましたが、まだ信号が回復していない交差点があったり、瓦礫の撤去も進まない家屋が連なっているのを目の当たりにして、復興までの長い道のりを感じました。
と同時に、街を再建するという人々の動きも目にして、自分として何かできることはないかと今一度問いかけました。 僅かの時間の旅でしたが、心に残る時間になりました。
改めて犠牲になった皆さまのご冥福をお祈りいたします。
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