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ブログを廃止します

おはようございます。いつもご覧いただき、ありがとうございます。

突然ですが、こちらのブログは廃止することにいたします。もっとも、また復活するかもしれませんので「永久的休止」といったところでしょうか。

今後の情報発信はホームページの他、次のところで行って参ります。今後とも末永いお付き合いとご縁を、よろしくお願い申し上げます。

●ホームページ
  http://www.vanken.jp/
●Facebookページ 『企業人材のヴァンガード経営研究所』
  http://www.facebook.com/vanken01
●オフィシャルブログ(2012年からリニューアル予定)
  http://www.oniyanma12.com/

ありがとうございました。

続・間接法で作られたキャッシュフロー計算書

勘定合って銭足らずどころか、私は「勘定も合わなければ、銭も足りない」会社を体験しました。というより、いきなり「体験させられた」と言った方が正確かも知れません。もうその時から20年以上が経過したので、最近は体験談として話をすることもありますが、その時には必死だったことは言うまでもありません。

今でこそ「大変だったよ」と笑いながら話せることではありますが、表現は下卑ていますがまさに「血の小便が出る」思いでありました。3年近く学び続けていたMG(MQ戦略ゲーム)や脳力開発を、現場で実践する場を与えられたと今では言えるのですが。

「勘定」については、不良債権の圧縮・清算と利益感度分析手法を用いた体質改善で、5ヶ年計画を1年前倒しで達成することができました。前者は後者の達成によって必然的に実現できたのですが、PLだけに目を向けていては為し得ないことを学ばせていただきました。BSにこそ「美味しいところがある」というか、利益の源泉がそこにこそあるということに気付かされました。

一方、「キャッシュフロー」の方はさすがに短時間で解決するものではありませんでした。最初の頃のやや危機的な状況は、利益改善や不良債権の圧縮によって脱することはできましたが、その後も決して油断のできない状況は続きました。

キャッシュフローは血液の循環のようなものです。ですから、常に循環できる仕組みをキチンと作ることや、動脈硬化にならないために計画をキチッと作って、あらかじめの手を打つことができれば良いのです。循環が安定すれば、例え時に厳しい状況に直面するようなことがあっても、十分しのいでいけるのです。

そういったキャッシュフロー・資金管理の要諦を学ぶことができるのが、CFMGです。来週23日の東京セミナーで今年の勉強会は完了ですが、2012年にも各地で勉強会を行っていく予定です。

さて、今日は宇野Proさんのマトリックス通信『続・間接法で作られたキャッシュフロー計算書』を転載します。ともに学んで参りましょう。
http://archive.mag2.com/0000158409/index.html

釜石市を歩く

昨年からスタートした戦略行動学(脳力開発)・東北セミナー、今年も岩手県盛岡市で9名(2日目8名)の参加者で開催しています。

3.11の大震災があったことから、開催するかどうかを夏前まで悩んでいましたが、「3年間は継続する」ことの初心に戻って予定通り開講しました。2年連続で参加して下さった方も、半数いらっしゃいます。

このセミナーに、半年以上も前から「ぜひ参加します」と言って下さった方がおられました。3月の初めに、大阪で開催した別のセミナーに岩手県の釜石市から参加された女性。セミナーが終わって笑顔で再会を約したのが、最後になってしまいました。

それから間もなくして起こった大震災、仕事への新たな情熱に燃えて戻られた釜石市で、あの津波によって還らぬ人になってしまわれました。本当に残念なことに、再会が叶いませんでした。

セミナー前日の11月4日、早朝に盛岡市に到着した私は列車で釜石に向かいました。半年以上の長い時間の中で何もできなかったことへの謝罪と、そして心からの祈りを捧げるために。

JRの釜石駅から、その方のお店のあった海岸に近い街まで歩きました。道路の両側には、おそらくすさまじい津波の力に破壊されたのでしょう、赤い×印のついた建物が続いていました。T_img_0072

港に近付くにつれてそれはさらに悲惨な状況になり、また海から離れた地域にまで及んでいました。 建物の1階はおろか、2階あるいは3階まで被害の爪痕が残ったままでした。中越地震や中越沖地震を体験した私でしたが、その凄まじさに足が震えました。

お店があったところを、マップで確認しても、ただ手を合わせるだけでした。 1時間余り街を歩き回りましたが、まだ信号が回復していない交差点があったり、瓦礫の撤去も進まない家屋が連なっているのを目の当たりにして、復興までの長い道のりを感じました。

と同時に、街を再建するという人々の動きも目にして、自分として何かできることはないかと今一度問いかけました。 僅かの時間の旅でしたが、心に残る時間になりました。

改めて犠牲になった皆さまのご冥福をお祈りいたします。

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