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『三国志』を読む

吉川英治さんの『三国志』を読み返しています。もう何度目でしょうか、手元の本が昭和63年刷になっていますので、この本を手にして20数年、おそらく3年に一度くらい読み返しているかな。

正史の『三国志』といえば、日本では歴史の教科書に必ず出てくる「魏志倭人伝」が有名ですが、もちろん吉川『三国志』の元は「演義三国志」です。正史の方は一部(の訳)しか読んだことはありませんが、当然ながら事象や行動が淡々と書かれています。

一方の演義は、ちょうど日本における「平家物語」の如く、語り部が語ったものや民間伝承されたものを集大成したものといって良いのでしょう。しかも、劉備や関羽、諸葛孔明を讃える立場から書かれていますから、曹操や孫権、あるいは司馬仲達などはいささか「悪者」扱いです。

日本でも判官贔屓という言葉がありますが、最も早く亡びた蜀漢への判官贔屓のようなところがあります。それがまた、演義に命を注ぎ込み痛快な面白さを醸し出しているのでしょう。

吉川『三国志』も演義がベースですから、同じような視点で貫かれています。一方、伴野朗さんの『呉三国志』は孫権の視点での展開が面白く、なるほどと肯けた記憶があります。 また、曹操の側から書かれた『三国志』もありますから、読み比べてみるのも良いでしょう。

歴史と歴史文学とは似て非なるものですが、文学書の中に躍動する人間たちは作家によってさらなる命が与えられています。そこに歴史文学の面白味もあります。1千人以上の人物が登場する『三国志』を、皆さんも楽しんでみませんか。

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