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2009年7月13日 (月)

「7.13水害」から5年

新潟の方以外には「7.13」と言っても、なんだろうって感じでしょうけど。

5年前の2004年7月13日火曜日、その日は朝から梅雨の雨でした。何だかいつもより雨足が烈しいね、梅雨の雨だなと当時の社員たちと話していたのを思い出します。朝から中越には大雨洪水警報発令。

昼前のニュースで、、いくつかの川で警戒水位をはるかに超えたとのこと。運送屋からも、中越地区への配送荷物の午後集配は見合わせるとの連絡も。

そして午後から相次いで川が決壊の情報が。三条市の五十嵐川、中之島町(現長岡市)の刈谷田川、長岡市の猿橋川等々。とくに前2つの決壊はすごかったです、街は完全に水没。

ちなみに、この水害での県内死者15名。
当時社長をしていた会社のお得意先にも被害が続々。中にはお店ごと流されてしまったところや、商品が水や土砂に浸かってしまったところも。

水害から10日後、中之島町へボランティアで入りましたが、その被害の大きさに唖然としました。そして猛暑の中、家の中や田畑に堆積した土砂の除去。鼻が曲がりそうな臭いにも参りましたが、土砂量にも参りました。

そして、その3ヶ月後の10月23日。中越大震災でした。
まさに忘れられない2004年でした。

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