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「新」でなかった銀行

新銀行東京問題が大揺れだ。石原都知事の肝いりでスタートした時には、それなりの見通しと波及効果への期待があったようなのだが、それらがほとんど「絵に描いた餅」あるいは「砂上の楼閣」だということが、明らかになってきた。財界推薦で当初トップに座った方は、実は銀行業務には素人同然だったとか、こlれまでに役員が次々に辞めていたとか、とにかく信じられないような事柄が浮き彫りにされている。

貸付審査などもザルというよりは、基準が無きに等しいものだった。貸し付けたのは良いが、一度も返済されずに貸付先が破綻したとか、今後も返済見込みがほとんど無い先がたくさんあるという話だ。大手銀行から貸し出しを受けられない、中小企業を救うためという目標を掲げたが、一時的に延命させただけに過ぎないとか、とりあえず痛み止めを打っておきましたというに等しい状況らしい。

救わなければならないのはそういった中小零細企業ではなく、新銀行東京そのものだというところに、今回の悲喜劇がある。その責任は自分にはない、旧経営陣にあるのだと石原は声を荒げる。もはや進むも地獄、退くも地獄の状況だという。だから進まなければならないのだと、石原は言っている。ストレートで分かりやすいが、なぜ退くという選択肢を選べないのかという理由は明確でない。もちろん、石原自身の責任も不明確だ。

責任がないなどと言える立場でないことは、石原自身も知っているに違いない。だがそれを言った途端に、知事の座さえ危うくなる。そのことも重々承知しているらしい。それ故に目が曇っているとしか思えない。

石原よ、決断せよ。新銀行東京を撤退するべきだ。退くことは、進むことの何倍も難しいという。しかし、今は退くべき時だ。タイミングを誤って失敗した例はあまたある、太平洋戦争の日本軍から近くはダイエーに至るまで、すべて撤退のタイミングを失したが故の破綻だった。それを知らない石原ではあるまいに。まさか自分の歴史に汚点が着く、等と思っているのではあるまいな。

それにしても、使い古された経営の仕方で崩壊の危機に至った新銀行である事よ。

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