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3人の孫たち

安倍改造内閣が発足した。党幹事長に就任した方を含めて、かつて日本の戦後を支えた(一応死者への敬意を表して)3人の首相のお孫さんが顔を揃えた。

さらには派閥の領袖クラスが4人も顔を並べ、しかし「仲良し組」側近も適当に布陣させた。言ってみれば、以上のような様々な色のジグソーパズル・ピースをはめ込んで形を作ろうとした感じだ。うまい具合にはめ込みがいったのかどうかは、まだ即断はできないが新鮮味には欠けると断言できる。

唯一舛添さんという異質なピ-スが混ざっているが、厚労相にはめ込まれて「やれるものならやってみろ」って雰囲気だ。オレ(安倍)を批判するなら、最も難しい問題に挑戦して見ろというところか。相手は官僚たちだけに苦戦は必至だし、参院での迷走や立ち往生も予想される。

おそらく短命内閣ではないかと思う、この改造内閣は。どのピースが剥がれ落ちていくのか、岸・吉田・鳩山3元首相の孫たちにも注目していこう。

佐賀北高校の優勝

こんな爽やかな、そして痛快なニュースは久しぶりではなかったか。高校野球に関する様々な報道、そしていわゆる「野球有名校」の功罪についての議論、近くは野球特待生制度の問題等々。この夏の甲子園、佐賀北高校の優勝はそんな重苦しいどんよりした雲を、一気に払ってくれる快挙だったと思う。

公立高校の優勝は11年ぶりだという。しかもいわゆる「野球名門校」ではない、ごくごく普通の、しかも文武両道を標榜する進学校でもある。選手たちも、監督もまたごく普通の生徒であり先生であったところが、素晴らしい。野球留学生はもちろんいない、みんな喧嘩の佐賀市周辺の中学卒業生ばかりだ。

1日の練習は3時間、試験の前1週間は休み、そんな中で基礎トレーニングをみっちりやり続けたそうだ。この甲子園にも、大学進学のための参考書を抱えてきて、合間を縫って勉強を欠かさないという。まさにこれが、高校スポーツの原点ではないか。一流をめざすことは素晴らしいし、間違いではない。しかし高校野球のみならず高校スポーツは、プロであることではなく「高校生であること」に徹することだと思う。

僕自身も40年前にそうだった。競技は違うが、やはり自己の記録更新をめざし汗を流していたし、また進学校だったし定時制の授業もあったから練習時間は3時間足らずだった。通学に片道1時間半近くを要していたが、自主的な朝練習などで練習時間不足を補っていたし、もちろん受験勉強もしっかりやった。

3年生の11月、全国大会への地区予選までクラブを続けたので、本格的な勉強は12月に入ってからだったが、それでも一次志望の大学に一点突破で合格することができた。別に自分を誇るつもりはないが、多くの勉強とスポーツ両立をめざす高校生が、球児も含めて「ごく普通の高校生」なんだということをあえて書いておきたい。そう、だれでも目指して頂点を勝ち取ることができる、それを今回の優勝は教えてくれている。

「野球名門校」を否定しようとは思わないし、野球留学も一つの形として認めて良いと思う。しかし、高校生の本分とは何か、本当に目指すところは何かということを、生徒も父兄も先生も、そして学校当局もしっかり考えて欲しいものだと思うのだ。

ホンマに大丈夫か?

ちょっとばかり長い夏休みだった。非日常に浸りすぎていささか頭の回転が鈍っているかも知れないが、いくらなんでも「大丈夫か?」と言いたくなるのが防衛省のゴタゴタ。総理官邸もからんで、いい加減なところで収めようとしているようだが。

自衛隊のトップは内閣総理大臣だが、防衛省内のトップは大臣でナンバー2は事務次官だ。それがシビリアンコントロールの基本であり、現場の指揮官も自衛隊員もすべてこの統制下にある。そのトップとナンバー2が、世の中の常識から見たら何ともアホらしい泥仕合をやっている(いた)。これでホンマに大丈夫かいな、とあきれてしまうのも無理からぬところ。

どちらの言い分がどうとか言うのもバカらしい、あんな泥仕合が起こってしまうという体質自体が問題だ。大臣のパフォーマンスにも問題ありだが、次官の「オレ様がいないと組織は動かない」と言いたげな不遜な姿勢には首をかしげてしまう。この国を動かしているのは官僚だ、ということは誰でも知っている常識だとしても、あの態度はないだろう。

その官僚姿勢を肯定するかのような、官房長官というアホ政治家の発言はもはや論外としか言いようがない。恥を知れってところかな。

いずれにしても、あんな政治家と官僚たちが国防という生命線を握っているんだと思うと、背筋が寒くなる。この夏のもっとも怖い怪談話、で片付けられる問題ではないはずなのだが。

また靖国の話

8月15日がやってくる。僕自身も戦後生まれ世代だが、この日が何を意味しているのかは十分に承知している。また、戦争体験者であった両親からその体験話を何度も聞かされた。亡父はシベリア抑留の体験者だったし、その話は余りしたくないようではあったが、時に重い口を開いてくれた。僕自身も、繊細で焼け落ちて廃墟になっていた工廠跡や、傷痍軍人(中には偽物もいたらしいが)を目の当たりにして育った。

ただ、自分自身が悔やむことは、それら両親の戦争体験談を自分の娘には殆ど伝えられなかったと言うことだ。幸いに広島には連れて行くことができて、平和記念館を一緒に見る機会は持つことができた。少なくとも平和に対する心根をつくる手助けは、して上げられたように思っている。

「8月15日」を知らない子供たちが増えているのだという。家庭でも学校でも、その意味を正しく教えていないのだろうか。確かに、今や僕たちの子供たちが、その子供に教えなければならない時代になっている。伝えていく内に風化し、また中身が細っていくことはやむを得ないとしても、「8月15日」の意味だけは正しく伝えて欲しいものだ。

さて、そこで靖国だ。僕は靖国を否定しようとは思わないし、諸外国から靖国参拝に対してアレコレ言われることについては怒りも覚える。しかし、僕自身は今の靖国には参拝したことがない。戦没者に対する哀悼の念は持っているが、それと参拝とは別だ。なぜなら、靖国には戊辰の役あるいは西南の役等で反官軍だった戦没兵が祀られていないからだ。それが唯一の理由で、たとえばA級戦犯合祀はさほど気にならない。

靖国に、河井継之助があるいは西郷南洲や桐野利秋が祀られたら、喜んでお参りに行くかも知れないが、どうもそういう機会はきそうもないようだ。今年の夏も、亡父の墓にお参りして、はるか「8月15日」を偲ぶことにしよう。

しばらくぶりですね

10日くらい間が開いてしまいました。その間にも選挙後の慌ただしい動きに加え、朝青龍問題やら、世間お騒がせの問題は溢れんばかりの盛りだくさんですね。

何と言ってもアベさんの「男らしくない」決断は世間もあきれているようで、内閣支持率は低下の一途、先輩・森内閣にはまだまだ及びませんが、それでもここまで下がっては、自民党内での主導権争いだけの問題ではないですからねぇ。衆議院の圧倒的多数を頼りに乗り切ろうというのでしょうけど、この後に党内からの反発でやめたというのでは余計に男を下げるのではないかと、同情してしまうのです。

朝青龍の「男らしさ」を信じていたのも、完全に裏切られました。何と言われようと堂々と男を貫いていたように見えていたのですが、僕の目も曇っていたのでしょうか。かなり重い処分が下ったとはいえ、そのくらいのことで心身ストレス障害に罹り、ここままでは精神障害もナンテ診断が下るのでは、横綱を張る以前の問題ではないかと思っちゃうのでありますよ。モンゴルに帰るのなら、引退して二度と各界に戻らない覚悟を決めた上で戻られることをお勧めします。それが「男らしさ」というものです。

暗いニュースや重い話題ばかりではないですね、今日から夏の甲子園が始まります。我が地元・新潟県は新潟明訓高校、「ドカベン」の名前の由来になった学校です。夏の1勝目指して元気を奮って欲しいもの。現在の地元・岡山代表は岡山理科大附属高校、しかも初日の第2試合に早速登場。これはPCのワンセグTVをずっと点けておかねばなりません。みんなの汗で暗い重い空気を吹き飛ばして!

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