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河井継之助記念館オープン

念願の河井継之助記念館が、昨日27日にオープンしたというお知らせをもらった。これまで継之助終焉の地・会津塩沢(只見町)には記念館があったが、肝心の長岡市内にはなく、史料その他は郷土資料館や中央図書館などあちこちに分散されていた。

長岡に赴任して最初に「どうして」と思ったのだが、ようやく念願が叶ったわけだ。記念館の場所は長岡駅から線路沿いに新潟方向(北)へ歩いて10分足らずのところ。長岡市長町1丁目、実は僕の家(マンション)のすぐお隣である。 先日帰省した時にも盛んに整備工事が進められていた。

そこは、かつて幕末の河井継之助の屋敷があったところで、Hさんの家が建っていたのだが市が買収してこの度記念館として整備した。以前に、「屋敷跡」の碑があった裏手側は公園として一部が整備され、継之助が眺めたであろう庭を見ることもできたのだが、これで記念館からの眺めもできるようになった。

史実かどうかは確認していないが、継之助の父・代之助秋紀と親交のあった良寛和尚も訪れたということだ。

記念館にはもちろん史料なども多く展示されているそうだ。入場料は一般200円とのことだが、この年末は特別公開(通常は年末年始休館)で31日まで開館していて無料とのこと、早速行ってみることにしたい。写真等は後日紹介するつもり。なお、新年は5日から開館だそうだ。

宮地岳線一部廃止決定

西鉄宮地岳線の一部、西鉄新宮から先終点の津屋崎までの廃止が決定的になった。これは代替バスの運行が決まったことによる。1年前の9月に乗りに行ったのだが、確かに終点に近付くにつれて乗客の数が減り、これでは厳しいだろうなというのが印象だった。

貝塚駅T_5090902で福岡地下鉄と乗換接続しているほか、乗り入れ構想もあるのだが一向に実現に向けて歩み出さない。それでも貝塚起点側は高架化が完成し、単線ながら運転本数も増加しているから、当面は安泰なのだろうと思われる。

しかしやはり地下鉄乗り入れをしなければ、市内に直通するバス路線との対抗はキツイと思われる。地下鉄並みの大型車が直通することが難しくても、軌間(1067mm)は同じなのだから西鉄側の片乗り入れだとか、何らかの方法はありそうだが。

琴電のレトロ電車

岡山に戻ってきて4回目の四国行き、高知の土電、松山の伊予鉄ときて今回は高松の琴電。高松築港駅で1日フリーきっぷ(1200円)を買い求めて、長尾線(往復)→志度線→(JR→)琴平線の順に完全乗車した。

駅のポスターでレトロ電車(300+120+65)の特別運転を知ったが、ちょうど長尾T_6122410から引き返す途中の水田駅で交換(写真)した。他にも志度線の屋島駅で旧京浜急行の27+28にも出会うことができた。いずれの車両も過去に何度か乗ったり写真を撮ったことがあるが、おそらくこれが見納めになるのだろう。

これら旧型車が廃車になると、琴電から釣り掛けモーターの音が消えることになる。旧型電車の宝庫だった琴電も、中古車とは言え京急、京王、そして名古屋市(地下鉄)の新性能車で揃うことになる。

銚子電鉄だけじゃないよ

銚子電鉄がマスコミにも取り上げられて話題になっている。電車の「車検」料が不足してこのままでは存続が困難、ぜひ名物「ぬれ煎餅」を買ってほしいとHPで呼びかけたところ、全国から注文が殺到してついに売り切れが続出の大盛況、ついに701号電車の検査が無事終了したという。

もっとも、引き続いてまだ次の2両の車検が来年早々に迫っているほか、国交省からは枕木や踏切等の施設改善命令が出ていて、その分の目途は十分には経っておらず今後どうなるかは不透明。

(銚子電鉄ホームページはこちら) http://www.choshi-dentetsu.jp/

ところで銚子電鉄が注目されるのは結構なことなのだが、地方の鉄道はいずこも存亡の岐路にあると言って良い。つい先月末には岐阜県の第3セクター鉄道・神岡鉄道(旧国鉄神岡線)がひっそりと歴史を閉じた。来春には茨城県の鹿島鉄道や宮城県のくりはら田園鉄道が廃止を予定している他、各地で廃止の検討や地元との協議に入っている所も少なくない。

地方ばかりでなく都市部でも、例えば阪堺電軌の堺市内部については廃線が話題に上り、利用アップのための社会実験(料金ダウン・全線一本化)が始まった。廃止にはならないが、大阪市始め都市部の地下鉄や新交通システムは多くが大赤字を抱えている。

車社会が進んだ上に若年、特に鉄道利用頻度の多い学生・生徒人口減が利用減に拍車をかけている。これは民間鉄道側だけで解決できる問題ではない。また、鉄道が地球環境に優しいシステムだという面にも目を向けなければならないと思う。

銚子電鉄を救うのは大変けっこうなことだが、本当に救うべきは日本という社会(構造)や意識構造そのものであることも、この際頭に入れた方がいいのではないか。

まぁ、一人の鉄道ファンとしては銚子電鉄が将来もずうっと残ってくれることを祈っているのだが。 新年には初日の出見物のための臨時電車も走るそうで、「乗って残そう」に共鳴する多くの方が出かけてほしいものだ。

明日が冬至

今年は明日22日が冬至らしい。1年の間で昼が最も短く夜が最も長くなる日というのだが、だからといって日の出が一番遅いかというとそうでもないらしい。まだあと半月くらいは夜明けが遅いらしく、来年の8日頃が最も遅く日が昇るそうだ。

天文学的には、天球上の黄経270度の点を太陽が通過する瞬間なんだそうだが、知識の乏しいものには何のことやらちんぷんかんぷん。

冬至といえば柚子湯に入り南瓜を食べるのが「寒い季節を乗り切る」知恵だが、普段シャワー派の僕は、ここは南瓜だけにしておこう。ネットで「男の料理」辺りを検索して、簡単にできそうな南瓜料理をチェックしておくとするか。

そこで調べてみると、南瓜の代わりにこんにゃくを食べる地域もあると書いてあった。こっちの方が作り方・食べ方が簡単そうだなぁ。(^^ゞ いずれにしても今年もあと10日、年賀状も出し終えて仕事納めまではあと5日。

岡山電軌KURO

岡山電気軌道の人気者3007、通称KUROは元東武鉄道日光軌道線の100型、夏場を除いて日中の東山線と清輝橋線を隔日に走っているが、今月は12/5から「クリスマス電車」として東山線のみの特別運用に付いている。

T_6121701 前面にはクリスマスリースが取り付けられて、これが黒い車体に見事にマッチしている。また前面やサイドにも金色のクリスマスベルなどの飾りが付けられて鮮やかだ。

東山発が10:40、岡山駅前発が10:58から40分毎に5往復、25日までの運行予定だそうである。

硫黄島からの手紙

クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」を観てきました。日曜日の午後、若い人もけっこう観に来ていたようでした。前評判も高く、友人からもぜひ観たらいいよと言われていたのだが、期待に違わぬ良い映画だった。

同じ渡辺謙の「ラストサムライ」と対比してみてしまったが、栗林中将はスーパーマンではなく、喜怒哀楽を表に出す日本人だった。家族を愛し国を愛するが故に、将兵に生きることを常に求める当たり前の男だった。

僕らも戦争を知らない世代だが、この映画は若い人にぜひ観て欲しい。 戦争はゼッタイにアカン、なのに今でもこの時間にも戦闘が世界のどこかで続いている。自分とは関係のないことだ、と思ってはいけない。少なくとも、国を思い肉親や仲間を思って散った多くの命があったこと、それを心に刻んでおきたい。

ところで最近は学校から「映画鑑賞」に行くってことはないのかなぁ。僕らの小学校時代には年に1、2回はあったように記憶している。もし今でもあるのなら、ぜひこの映画を観るべきだな。よほど生きた教科書になると思うのだが。

新しい教育基本法に一言

教育基本法改正法案が参議院で可決され、基本法として59年ぶりに改正された。教育基本法とは教育の憲法なのだが、一般の人には馴染みが薄く誰もよく知らないというのが本当のところではないのかな。

かくいう僕も、かつて(30数年前)大学で概略を学んだくらい、最近ネットで検索してつかんだ「問題点」というような部分しか分からない。

マスコミでは、愛国心について云々ということが問題にされていたが、僕はむしろ「倫理教育」(道徳教育ではなく)ではないかと思っている。多分「国を愛する心」なんていうのもそこに包含されるのではないか。

父母や祖先への感謝、公徳心、礼儀(挨拶)、そういった人間として当たり前のこと、基本的なことをきちんとやれる人間づくりこそ必要だという議論が、もっとなされるべきではなかったか。

いじめ問題や子供たちの自殺も、不登校や教室崩壊などの問題も、根本は倫理教育(の欠如あるいは不足)にあると思うのだがいかがであろうか。国会のやりとりでも、倫理が問題にされた感じではない。もっとも、今の政治家や官僚たちに強い倫理性を求める方が無駄か?

ところで、「念ずれば花ひらく」の詩人・坂村真民さんが亡くなられたとか。土を愛する、人を愛する詩人であった。ご冥福を祈りたい。合掌。

バースデーMG

今年も佐世保市(長崎県)でのMG研修で、55回目の誕生日を迎えた。12月の佐世保・アイトワMGに伺うのは2000年から7年連続で、その内少なくとも4回は誕生日と重なったし、今年は研修初日に一つ年を重ねた。

MGも、会社(当時は現在と同じく親会社にいた)から派遣されて初体験してから、今年で20年目を迎えた。長くやってりゃ良いってモノでもないとはよく言われるが、MGだけは長くやっていることにも大きな価値がある。

何しろ毎回同じスタートラインからヨーイドンで始まる。長くやっていようが、人の何十倍も研修体験があろうが、前回の成績が良くても悪くても、あるいはまた会社の社長であれ平社員であれ、時には学生であれ全く同じところから始まる。そこが良いのだ。

そして1度して同じことはない。つまり10回やれば10通りの体験、100回やれば100通りの体験を重ねる。体験を重ねる中で、他の参加者の体験からも学ぶことができる。心はいつも初心、ニュードンである。そして成績より期数(自他体験の積み重ね)なのであり、思想を学ぶのである。ホンダイズムであり、ソニーイズム(本来の)であり、戦略志向である。

今回も思うところがあっての研修参加だったし、大きな学び(確認)と気付きがあった。もちろん良い波動もたっぷりいただいた。何よりもバースデーを参加者全員から祝っていただいた。そして自分もまた、多くの方に体験と元気を伝えられたかなと思っている。

沖縄24時間の旅

今年も3年連続で、12月の沖縄を旅してきた。今回はレンタカーを借りずに那覇市内をモノレールと足で移動。ゆいレールに乗ることと、牧志の公設市場での夕食が目的だったので、たっぷりそれを楽しんできた。

やや雲が多くて、9日の夜に少し雨が降ったが暖かくて歩くには十分。沖縄料理や紅T_6121006芋アイスもしっかりいただいたし、民謡酒場でも沖縄のメロディと泡盛に酔いしれた。首里城には今回は行かなかったが、街の中を歩き回った。

もちろんゆいレールも全線乗車し、日本最西端駅(那覇空港)と最南端駅(赤嶺)も踏破した。11日からは佐世保なので、JR日本最西端駅にも足を伸ばすことになる。

ニイタカヤマノボレ

今年も12/8がやってきた。今日の意味を知らない若者たちが、どんどんと増えているのだという。65年も前のことだ、もちろん私も体験として知っているわけではない。戦後6年後の生まれなのだから、親からの話や学校での歴史勉強、あるいは新聞や書物などから知ったわけだが、今はそういうことが少ないのだろうか。

太平洋戦争開戦についての書物も多い、最近はその裏話や真実の分析と称する本も増えつつあるようだ。しかし真実を知る人たちが亡くなり、すべての情報が公開されるわけでもないし、そのまま埋もれてしまう事柄も少なくないだろう。

そう言えば、開戦最初の戦いは真珠湾ではないそうだ。山下奉文率いる陸軍部隊が、マレー半島コタバルを急襲したのが真珠湾の約1時間前なのだという。いずれにしても日本時間の12月8日なのだ。

開戦がその日なのか、それとも満州事変や日華事変に遡るのが盛夏期なのかは別として、これは歴史として学ぶことなのだろうか。「現代日本」として学ぶべきことなのではないだろうか。ならば、英語や算数より以前に教え、学び、共に考えることではないのか。

表題の新高山は台湾にある。当時は「国内最高峰」だったわけだが、そのことも殆どの現代人が知らないのではないか。なぜ「フジサンノボレ」でなかったのか、隠された真実を考えながら多くの英霊たちに平和のありがたさを感謝したいと思うのだ。

「戦う動物園」

北海道旭川市の旭山動物園と、北九州市の到津の森公園、そのどん底からの復活・躍進を両園長が語る。どちらも閉園という危機を乗り越えて、地域に412101855901なくてはならない動物園を創り上げてきた。

2年前旭山動物園が、夏場の入園者数で日本一の上野動物園を追い抜いたというニュースは、衝撃的でもあった。今や観光コースにまで組み込まれているようになったのだが、そこには理念や使命を忘れず行動した人間ドラマがあった。

企業経営あるいは人生にも通じるものが、1冊の本の中に躍動している。

携帯電話買い換え

ようやく携帯電話(ハード)を買い換えた。というのもここ数ヶ月前から電池の保ちが悪くなり、充電後1日くらいで「赤表示」がいきなり出るようになり始めていたから。番号ポータビリティは、auに興味があったのだが、後のアドレス変更と連絡が面倒なので避けて単純な機種変更にした。

年末になったら新商品が出て従来商品が安くなるのではと思っていたが、店頭に表示が出ていたのでアプローチしてみた。機種変更の事務手数料はなし、しかもファミリー割りとパケットパックに入っていたらハード代金は1円だという。

後者には入っていなかったのだが、どうせこの1年以内にドコモPHSサービスがなくなりFOMAでモバイル通信をやらないといけないので、一番安いパケットパック10に入った。あとでUSB接続ケーブルを買えば良い。(PHSサービスは来年の10~12月頃になくなると電話連絡があった)

というわけでP702iをたったの1円で買った。これまでもP900iだったので、同じメーカーなら操作方法がほぼ同じだろう。おサイフケータイは不要というより、落とした時などの面倒がイヤで選ばなかった。さぁ、次はFOMAでモバイル通信設定をやって、早めにPHSを契約解除しよう。

ホームページに論文掲載開始

今日から12月、何かと慌ただしく変化に富んだ2006年だったが、それもあと1ヶ月で終わろうとしている。雪国から晴れの国に居住地を移して間もなく3ヶ月、岡山市は初めての土地ではない(長岡の前に14年以上住んだ)ので戸惑いもなく溶け込んでいる。

もっとも長岡時代とは生活パターンが大きく変わって、早寝早起きは相変わらず続いているが、時間に余裕ができたし、1日のリズムもほぼ毎日一定している。

何しろ朝はこれまでよりも1時間以上遅く家を出るので、起きてから出かけるまで3時間あまり、食事や出勤準備を除いても2時間近くある。また、帰宅も1時間半以上早くなった上に、夜の呑み会も少ないので食事時間が一定している。その為か体重もウエストサイズも減った。

自分の為の時間が増えたことで、これまでやろうと思ってなかなかやれなかったことも、少しずつだが手がけることができ始めた。趣味の旅にもそこそこ時間がとれる。

というわけで、ホームページに「論文」を発表していくことにした。テーマは『企業人教育』と『歴史と人間』の2つである。これまでメモとして溜め込んでいた、論文というより駄文ではあるが、推敲したモノから順次アップしていく予定。もしご興味を持たれた方は下記のアドレスまで。

http://homepage3.nifty.com/vanchan/

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