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懐かしの急行塗色

 昨日富山を通った時の情報をもう一つ。

 かつての交流急行用電車(471・475系)も、昨今はローカル電車運用が主体で、北陸線運用の車両もホワイトにt_5102902ブルー帯にすべて塗り替えられてしまっている。それが今回、イベント用に使うのであろうか、その内の1編成3両が懐かしい急行塗色に塗り替えられていた。
 30日はどうも、富山港線の運用に入っていたらしいが詳細は分からない。間もなくLRT化される富山港線だが、たぶん急行塗色が入線するのは最初で最後ではなかろうか。

JR富山港線

 富山港線は、富山から岩瀬浜に至る短い盲腸線だ。元々は臨港鉄道(私鉄)として開業して戦前国鉄に買収されたもの、そしてもうすぐLRTタイプの路面電車に変わるというユニークな路線だ。しかも電化路線でありながら、日中閑散時はワンマンのディーゼルカーがたった1両で走る。電化も交流電化の北陸本線の片隅で、直流1500Vである。富山駅構内に短い交直切替線があって、電車はそこを通って車庫に戻っていく。
 すでにt_IMG_2260何度か乗ってはいるが、ディーゼルカーでの往復は初めてだった。ビデオを持って乗り込んでいる、見るからに鉄ちゃんもいる。路線として廃止されるわけではない(富山寄りの一部は廃線となって新設の路面軌道に移る)が、多分JRとしての乗車は最後になろう。
 富山駅や岩瀬浜駅では写真展示もやっていた。社線時代の車両写真もあって、記念乗車券も売っていたようだ。

秋が進んでる

 秋晴れの一日だった、風も気持ちいい。でも夜にはいるとぐっと冷えてくる。ふと気がついたら、里の街路樹も色づいてきている。そういえば、風の強い日は会社の玄関先に落ち葉が溜まったりするようになってきた。赤トンボ(アキアカネ)の姿も少なくなってきたようだし、地面に羽を休めたまま息絶えているのも見かけた。秋がどんどん進んで、そう、冬がひっそりと近付きつつあるんだ。
 10月も末、今年もあと60日とちょっと、1日からは年賀ハガキの発売が始まる。本屋に行くと「年賀状を作る」為の本が一杯並んでいる。ネットの年賀状サイトもたくさんできている。まぁ、のんびりと準備をしていこうかな。そういえば昨日、申し込んでいた来年の手帳も手元に届いた。手帳の書き写しの作業もやる時季なんだなぁ。

同友会MGお知らせ

 新潟県中小企業家同友会・長岡支部主催のMG研修は、1999年にスタートしたので今回で丸7年を迎える。春と秋の開催なので14回目になるのかな。11月は、弥彦温泉で開催することになっている。温泉にもゆったりつかり、紅葉の終わった山々を眺めながら、ゆったりと経営の学びと異業種交流を楽しむ企画だ。
 今回はゲスト参加の方に、講義時間に「TOC実践事例」を発表していただくカリキュラムも用意している。同友会の会員でなくても参加はOK、お気軽に。

  1.日 時:平成17年11月19日(土)9時開始~20日(日)17時終了
  2.講  師:板東 秀行 (同友会長岡支部共育委員・㈱トンボ繊維)
  3.参加費:同友会員企業20,000円/会員外25,000円(宿泊・食事込)
  4.会  場:弥彦温泉 割烹の宿櫻家  (JR弥彦駅前) TEL:0256-94-2009
  5.持ち物:筆記用具、大きめの電卓又はポケコン。
   6.お申込:FAX=0258-34-0017(小熊さん)※申込締切=11/10

バンカーでの大叩き

 仲間とプライベートゴルフをやった。早朝の雨が上がって青空ものぞきかけていたのが、スタート直前になって土砂降りの雨に変わった。参ったなぁ・・・と思ったもののしょうがない、あるがままにプレーするのがゴルフだ。最初のロングホールのグリーンはあっという間に水浸し、思いっきり打ったパットも止まってしまう。幸いなことに絶妙のアプローチでパーを拾う、幸先が良いぞ。
 ここのところの不調からいくらか脱した感じで、ボギーとダボ、たまにパーといった感じで進む。雨も前半の終わり頃には上がって青空が広がってきた。そして運命の14番目のホール(ミドル)を迎えた。

 ティーショットはミスったが、何とかリカバーしてピッチングでバンカー越えのグリーンを狙う。ところがホンの1mばかり短くて、手前に転がったボールは無情に深いバンカーへ。高い壁から近いところ、しかも雨上がりで砂は硬く締まっている。悪戦苦闘が始まり頭は真っ白になり、何と12打目にやっとグリーンオン。2パットで収めたものの、14打を叩いてしまった。僕のゴルフ史上最悪、、、考えたらギブアップでも12打なのだ。
 まさにこの1ホールの大叩きがすべてを決した。しかも運の悪いことに、ダブルペリアの隠しホールにも入っていなくて(ハンディキャップ1のホールなのに)、仲間内の順位も最下位だった。他の17ホールはまぁまぁだったんだから、と自分を慰めた。

震災から丸1年

 中越大震災(正式には「新潟県中越地震」というそうだが)から、今日で1年が経過した。夕方の午後5時56分、その瞬間のことを今も忘れはしない。正直何が起こったかを認識するまでに数秒かかったが、地震だということが分かってからは「これはただごとではない」と感じたものだった。長い揺れだった、そしてそれから程なく2回目の大きな揺れがきて、電気が消えた。

 それから1年、実はまだ有感余震は続いていて、地震の終結宣言はもちろん出ていない。震度5以上の余震は最近こそないが、18回を数えたという。復旧工事もままならない地域もまだあるし、復興などはこれからというところばかりだ。自助努力は大事なことだが、その努力を助ける施策も絶対必要なのだ。「個人資産を増やすようなことはできない」では、復興など遠のくばかりだろう。
 今日は市内でも犠牲者51名を悼んで黙祷が捧げられ、復興を祈る鎮魂の花火も打ち上げられた。県知事も市長も「これから復興に全力を」を叫んでいる。でも復興までには気の遠くなるような時間が必要だろうなぁ。

脳力開発「元気塾」

 脳力開発を提唱された城野宏先生が亡くなられて、12/21で丸20年になる。私など不肖の弟子とも言えない存在だが、城野思想・哲学によって素晴らしい人生、素晴らしい経営を体験させてもらっている。そんな体験や思想哲学の一端を多くの方に伝えたいとセミナーを始めて10年になる。長岡では「元気塾」と名付けたが、これは『明元素』(明るく元気に素直に)に由来する。

 今回の元気塾は震災から1年ということもあり、感慨も深かった。ちょうど昨年秋のセミナーが終わって1時間余後に最初の揺れがあったのだ。受講者のSさんは帰りの新幹線が立ち往生した。当社の社員も帰り着いた家で被災した者が多かった。
 そんなことを思い出しながらのワンデーセミナーだった。どこまで城野先生の心を伝えられたかは分からないが、受講者の感想文を読んでいつものように「やって良かった」と思っているところ。皆さん、ありがとうございました。

同友会復興フォーラム

 10月23日で中越大震災から丸1年になる。1周年「記念」あるいは「復興」記念の行事が、今週から来週にかけて目白押しである。
 僕が所属している新潟県中小企業家同友会でも、毎年秋の全県行事・経営フォーラムを今年は長岡で「復興フォーラム2005」と名付けて行うことになった。21日がその当日だ。3つの分科会からスタート、僕は第1分科会の座長を受け持った。ここでは、当時の山古志村から1100余頭の牛を救出を決断し、その実行に力を尽くした高野修さんに講話(経営発表)をいただき、その話を元に参加者が7つのテーブルに別れて、テーマを深めるディスカッションを行った。 

そして夕方6時からはメイン講演、講演者には地元長岡高校OBであるジャーナリストの櫻井よしこさんをお招きした。会員の数人が櫻井さんの同級生というご縁もあって、快く講演を引き受けていただいた。ここには一般の方もお招きして、700人近い来場者を迎えることができた。講演は大好評のうちに大きな拍手で終了。僕たちの半年以上にわたる企画・運営の任も無事に終了した。
 その後も懇親会には櫻井さんも東京に戻る前に僅かな時間だが、参加してくれた。大いに盛り上がり、t_5102110終了t_5102114後の実行委員を中心とした二次会も遅くまで盛り上がった。

母の誕生日

 今日10月20日は老母の誕生日である。大正11年(1922年)の生まれだから、今日で満83才になるはず。父は20年近く前に他界して、大阪で独り暮らしを続けている。私は距離が遠いので年に数回しか行けないし、弟も住まいはさほど遠くないが、最近は東京との往復生活で忙しいらしい。
 普段の無沙汰を詫びながら、電話をかけてみようと思っている。50才をいくつ超えても子供はあくまで子供で、たまに会いに行っても叱られてばかりいる。たまには愚痴の相手になってあげるのも親孝行だし、叱られるのも老母の(心の)健康の為になるだろう。また出張の折りにでも立ち寄ろうかと思っているところである。

小泉さんの靖国参拝

 小泉さんが靖国神社を参拝した。国内で賛否両論が渦巻いているし、裁判所の判断もここのところ二分されている中で、何で・・・というのがホンネのところ。僕が朝のウォーキングの途中で神社にお参りするのとは訳が違う、首相に私人なんて定義はない、どこまでも公人なんだと思う。警備上公用車に乗っているとか、賽銭をポケットから出したとか、それらは枝葉末節。

 分からないなぁ、その感覚が。ちなみに僕は靖国には参らない。親族で祀られている人も多いが、桜の花見には行ってもお参りはしない。なぜならそこには、明治維新の官軍でなかった戦士たちが祀られていないから。僕の尊敬してやまない河井継之助の御霊がそこにはいないから、ただそれだけの理由。もちろん、今後も決して祀っていただきたくないとも思っている。

アキバの古本屋

 今日も時間があったので秋葉原に足を向けた。今やアキバはアジアの各国語が飛び交うだけの街ではなく、若者が溢れる街になっている。駅の周辺に大きな(背の高い)ビルがどんどんとできている、あるいはできつつある。
 ブラブラ歩いていると古本の文字が目に付いた。古本といえば神保町だが、アキバとは面白いところにできたものだと行ってみることにした。1階がコーヒーショップの6階にあったが、その1階下はCD・DVD・ゲームソフトなどの中古品屋のようだ。で、行ってみてたった5分で下りることになった。つまり中古マンガ屋さんなのである。文庫本や若干の一般本もあったが、9割がマンガなのである。残念ながら二度と行くことはないだろうし、店も僕のような客は対象外だろう。

 ニュースで古本の検索システムがスタートするようなことを言っていた。これまでも似たようなシステムはあったが、使い勝手が悪かった。一度試してみたいと思うのだが、ニュースではアドレスを報道しなかった。どうやって調べようか。

MG研修に思う

 昨日からMG研修に参加している。神奈川県川崎市にある会計事務所さんが主催されていて、もちろん所員の方の参加が多いが、事務所のお客様も10名くらい参加されていて全部で33名。その中には初めてMGにチャレンジされる方も4、5名。僕はゲストとしてお招きをいただいた。
 会計事務所でMGを採り入れておられるところは、残念ながらそんなに多くはない。こうやって毎年定期的に開催され、さらには所員とお客様とが一緒に学び合うという形は素晴らしいことだと思う。会社の中でも社長と社員が一緒に学び、「共通言語」や「共通意識」を持つことは日々の経営や営業・生産活動に非常にプラスになると思うのだ。

 昨夜は、講義のあとで1時間ばかり講話をさせていただいた。当社のMGそしてMT(マイツール)の導入から定着までを、1つの実例としてお話しした。終了後の交流会の中でも、いくつかの体験をお伝えした。トップが戦略を持ち、信念を保つことが一番だと思う。
 50万も60万もかかる経営研修がけっこう人を集めている。それも悪いとは思わないし、それを通じて立派な経営をされている人もいる。でも、僕は同じお金を使うならMGをお勧めする。同じお金で社長1人ならMG100期であるし、社員と一緒なら4人で25期(5回)である。それだけやれば、必ず大きな効果を生むに違いないと思うのだ。実際にそういう会社が全国にいっぱいあるのだ。

秋晴れ

 ここ数日素晴らしい秋晴れが続いている。夜明けが特に素晴らしい、東の山の端から太陽が出てくるときが非常に神々しい。毎日それを眺めて体調を整えている。何でも地球時計と体内時計とが、その瞬間にFIXするのだそうだ。
 で、今日は銀行のコンペだった。少し暑いくらいだったが風は気持ちよかった。ここのところひどいスコアが続いていたが、今日の後半は何とかかっこうがついた。ティーショットが乱れ、その上にパターがダメというラウンドが続いていたが、ちょっと吹っ切れたかも知れない。
 雪国のゴルフは、場合によってはあと1ヶ月ちょっとである。雪が降り積もれば、その朝からもうクローズになってしまう。できるだけ時間を見つけてラウンドしたいと思っているが、仕事もこれから次第に忙しくなる。なかなかうまくいかないものだ。

復帰!?

 MUG(マイツール・ユーザーズ・グループ)という集まりがある。マイツールというパソコンソフトを愛用する仲間の、楽しい交流の会である。新潟県のMUGは「亀の会」という愛称を持っている。11日夜に役員会が長岡で開かれ参加してきた。
 来月11/17に新潟市で開催する『事例発表大会(OA大会)』についての打合せ。昨年が10/23の地震の後遺症で流れてしまい、今年はその企画を引き継いでやることになった。詳細については来週くらいに案内ができるはず。

 ところで、毎年この大会が役員改選日ということで事前打ち合わせを行った。引き続き若手に引き受けていただきたいという総意ではあったが、それぞれに事情があって今回は私が『代行』的に1年間やらせていただくことになった。かつて3年間やらせてもらったので、今回は久々の復帰ということになる。副会長には柏崎のMKさん。このコンビで面白い1年を作っていこうと思っている。

『彗星』追憶

 この10月のJRダイヤ改正で、1つの「名門」列車が姿を消した。京都-南宮崎間を走っていたブルートレイン『彗星』t_JRW2080201、昭和40年代からずうっと走り続けた寝台特急が時代の流れに抗しきれず引退。『彗星』の名は東京-大阪間の夜行急行としてデビューし、新幹線開業後しばらくして大阪からの九州寝台特急として蘇った。
 最盛期には5往復の『彗星』が山陽・日豊路を雁行したが、徐々に廃止されて新大阪-都城間の1往復に減少、さらに南宮崎までに短縮。長崎行き「あかつき」との併結運転となって、閑散時期は僅か4両編成となってしまい終焉を迎えた。これで関西発九州行きブルートレインは「あかつき・なは」の1往復になり、東京発着も含めて南九州行きがなくなった。これも時代の流れか。

へんし~ん!!

 特別国会で、来週にも郵政民営化法案が可決される見込だという。民主党が出した対案など、2/3の数の力でチラ見くらいで吹き飛ばされてしまうようだ。まぁ、アレも対案と胸を張れるものかどうかというとちょっと心許ない。それよりも、不思議なのは選挙戦であれだけ声高に「郵政民営化法案反対!」と叫んでいた、元自民党の議員たちである。
 新党を結成した人たちを除けば、その殆どが「法案賛成」に回るのだそうだ。将来の首相候補などともてはやされていた、あのN議員もその1人らしい。今回の選挙で民意が「賛成」を示したので、当然のこととして賛成に回るらしい。これって、もしかして『転向』ってこと!?

 バカを見たのは、「反対」を信じてN議員に投票した選挙民である。こういうのって『裏切り』とは言わないのだろうか。多数にすり寄って元の存在感を取り戻すのだとしたら、「なぁんだ、その程度の人間か」って感じには受け取られないか。そう思うのは、ホンの少数なんだと考えてるだろうか。たった、1ヶ月ほど前のことではないか、そんなに180度転換できるほど「郵政法案」って軽いものなのかなぁ。

城野先生没後20年が間もなく

 城野宏という名前を知らない人も多いだろう。1985年に亡くなられて、この12月21日でちょうど20年になろうとしている。数多かった著書も、その多くが絶版になって久しく、出版社の在庫も残念ながら底をつきかけている。その数奇な運命についてはここで語る気もないが、城野先生の教えは現代日本の今この瞬間にもズバリ当てはまる。というより、今を切り開く基になるのではないかとさえ思える。

 その思いで城野思想・哲学を本格的に学びだして17年になる。生前に十分教えを請えなかったことは悔やまれるが、過去を振り返っても仕方がない。まさに教えにある「今ある条件を使って、今ない条件を創り出す」ことの実践である。幸い、講演テープや集めるだけ集めた著書、論文集、ケーススタディ集が手元にたくさんある。共に学び合う仲間も多い。

 できるだけ今の時代によりFIXした内容で、多くの方に城野思想・哲学を伝えたい。その思いで「元気塾」を主催している。今年もあと1回、10/22に向けてそろそろ準備を始めなくては。戦略が決まれば戦術は「千術」である。

ヨドカメ秋葉原

 今日は急遽東京出張になった。所用が早めに終わって、戻りの新幹線まで時間があるので、秋葉原のヨドカメに行ってみることにした。JR秋葉原駅の新しくできた中央口は、つくばエクスプレスとヨドカメのためにできたような感じ。確かに巨大「戦艦」のイメージではあったが、一昨年出かけたソウル市郊外の巨大ITビルや、この冬行った同じくソウル市・竜山のパソコンショップに比べるとまだまだ小さい感じがした。後者は様々なショップの集まりみたいなビルだったので、余計にそう感じたかも。
 それでもなかなかでかくて品揃えもさすがという感じ。説明員もけっこう親切に対応してくれるし、好感が持てたが、プライスとなるとちょっと触手を動かすには至らなかった。もっとも、これはIPODあるいはその類似機種のことなのだが。結局今少し考えることにした。

 ところでヨドカメに着いたのが12時前だったので、商品を見る前に腹ごしらえすることにして8階のレストラン街に上がった。どこで食べようかと探しているうちに、懐かしいトンカツ屋のHさんが目について入ることにした。九州に出かけた時は時々食べているし、ホンの一時期だが社員研修のお手伝いをしたこともある。またユニフォームを企画制作して納めていたこともあって、フロアの女性店員の服は正にそれであった。
 ランチの値段も場所を考えると安く、しかもごはんとみそ汁とキャベツは九州の店と同様お代わりサービスあり、というわけでみそ汁をお代わりして(しかも最初は白みそ、次が赤出汁)久し振りに美味しくいただいた。ごちそうさま。

秋めいて

 今日は秋雨で冷え込んだ。と言っても最低気温が15度を割り込み、最高気温は17度くらいというところ。天気が良ければまだ20度くらいまでは気温は上がるだろう。でも、これであちこちの街路並木の葉が色づき始めたから、里山の紅葉も一気に進んでいきそうだ。
 里山と言えば、(越後の)里山を守ろうという動きが少しずつ大きな波になりつつある。最近は生活様式の変化や農業の衰退で里山が失われつつあるという。失ってしまったものを元に戻すことは至難の業、何とか今あるものを守らなければならないと思う。
 幸い、私の住む長岡周辺にはまだ里山が残っている。その為に一体今自分は何ができるのか、すぐにでも簡単にやれることを実行していきたいものだと、秋の雨を眺めながら思った次第。

脳力開発「元気塾」

 城野宏先生を知る人もだんだん少なくなってきた。1985年に急死されてからもう20年になる。数多い著書もその殆どが絶版になったが、そんな中で啓明書房さんが「復刻」出版して下さっているのは、本当にありがたいことだ。もっと多くの方々に、城野思想を知ってほしいと思っている。
 僕は直接に教えをいただいた体験がほとんどないが、幸い多くの方から城野思想を学ばせてもらった。あるいは著書や講演テープで、学ばせていただくことができた。今度は僕が多くの人に伝える役割をと思っている。「元気塾」は城野思想(脳力開発・情勢判断学)を、僕自身の言葉を加えて伝える場にしていきたいと思っている。
 今年は10/22が最後のセミナーになる。詳細は下記からダウンロードを。
 ・10/22 9:00~17:30  ・長岡新産卸組合会館会議室  ・受講費8千円
 http://homepage3.nifty.com/vanchan/pdf/0508%20NK%202005.10.pdf

10月の始まり

 10月が始まった。今年もあと3ヶ月、そしてあの震災から間もなく1周年。今月は大きなイベントとして、中小企業家同友会の「震災復興フォーラム」がある、21日だ。分科会では座長をやることになっている、発表をしてくれるのは山古志の牛1千頭余りの救出に力を尽くしたTさん。当日の討論テーマもまとめないといけないし、もちろん集客もしなければならない。第2部の講演会は桜井よし子さん、700名を予定している。がんばらねば。
 自分のセミナーもある。脳力開発「元気塾」だが、こちらは余り集客をしていない。最終的に当社の社員だけ(参加予定5名)でもいいと思ってるから。それでも、今週は少しあちこちにFAX案内だけでもしてみようかな。
 日中も涼しくなってきた。これから一雨ごとに気温が下がってくるだろう。朝のウォーキングも、そろそろ長袖のトレーナーにしなければ。

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