脳力開発講座第2講

昨日オンラインでの脳力開発セミナー、第2講を開講しました。


オンラインに移行しての2回目、グループセッションの時間も増やし、「投票」機能も採り入れました。


その分講義時間が若干窮屈にはなりますが、聴講される方も変化があった方が退屈されないでしょう。

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次回第3講からは講義が主体になってきますので、セッション時間に工夫しながら進めていきます。


当初プログラムしていた形から少しずつ変化させていくのも、脳力開発の実践といえますね。


やってみる→検証する→プラン(変更)する→やってみる、Do-See-Do(繰り返す)の実践です。


知識も体験の積み重ねで磨かれていく、ということなのでしょう。


第2講は自己点検、自分の判断・意思決定の指向がどの方向にあるのかを客観的にチェックしていただきます。


どちらが良いとか悪いとかではなく、自分の行動習慣がどちらの方向にあるのかをつかんでいただきます。


その方向が(自分が判断して)間違っていると思えば、意識して修正していくのです。


その為には現状を正しくつかむことが必要であることを、実体験していただくのがチェックシートです。


あとは参加者の皆さんが、日常や仕事の中で昨日感じたこと、つかんだことを意識して実践していただくこと。


来月の第3講も楽しみにしています。

やわやわライフから一歩前へ

すっかり秋モードになりました、季節は人の心とは関わることなく進んでいきます。


さはさりながら、世の中も徐々にではありますが、姿を変えていこうとしています。


少し前のめりではないのかと危ぶむ気持ちもありますが、どこかで割り切らないと前には進めません。

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以前には「そこまでやるか」どころか、殆ど気にしていなかったところまで、


今ではしっかり気を配り、最善の準備を整えてなおかつ慎重に歩を進め始めています。


ただやはり、ちょっと拙速なのではないかと思えるところもあり、それをみると逆にブレーキをかけてしまいます。


事実を見れば、数字的には新型コロナウイルス感染が収束しているとは、お世辞にも言えない状況でしょう。


様々な条件の違いがあり単純に比較することはできませんが、収束していると断言はできません。


だからこそ、みんなが慎重に歩を進めようとしているわけです。


その背中を無闇に押すようなことをして、本当に大丈夫でしょうか。


やってみたが何も無かったよというのは、本当に「何も無かった」事実を表しているのでしょうか。


幸か不幸か「分からなかった」ままに過ぎてしまい、「ああ良かった」で済ませているのかも知れません。


そのくらい無症状感染(陽性)者が多いという事実があります。


無症状でも感染する、そういう専門家・学者もいますが、まだまだ分かっていないことが多すぎます。


秋冬のダブル感染が懸念される中で、より慎重にならざるを得ないのではありませんか。


2月の下旬以来、私のやわやわライフは200日をとうに超えてしまっていますが、


年内は少しずつ境界線を拡げながら、ペースは保っていこうと思っています。


でもその先、年が明けての2021年からのことについては、来月以降の状況を見極めながら判断します。


この間は決して巣籠もりだけではありませんでしたので、新たな展開を考えながら進めていきます。


意思決定は正しい情報により、(短期)戦略・方向を見据えた判断で。

『私とMGと経営』こぼれ話(24)

初めてMGシニア研修に参加したことのお話に移ります。


時は1988年7月22日から3日間、場所は神戸市垂水区の舞子ヴィラでした。


その直前には姫路で平日MGが開催されていて、私は仕事の都合もあって2日目だけ参加させていただきました。


その中のお一人、確か富山から参加されている方は姫路で初MGを体験し、そのままシニアへという流れでした。


当時でも西先生は「ジュニアを15期やったらシニア」へと言われていましたので、異例のことでしたが。


正確に参加者数を憶えていないのですが、3卓であったことは確かで、最近のように4卓24人満杯ではありませんでした。


シニア・プログラムの基本は今も変わりませんから、初日はMG3期やって夕方からポケコン・プログラムでした。


ポケコンは初めての体験で最初は借り物(PC-1251)でやるつもりでしたが、


ちょうど新しいポケコン(PC-1800だったかな?)が出たというので、その場で購入しました。


これは黒色のマシンで二つ折りになるものでしたが、当たりが悪かったのか、その後故障続きに悩まされました。


結局その後に出たPC-1261を改めて買い求め、以後は今に至るまでそれを使い続けています。


BASICは会社のパソコン研修で何度か勉強し、社内にあったMZ-80BというPCでプログラムを組んだりしていました。


馴れているつもりでしたが、さすがに小さなポケコンは使い勝手が違い、


STRAC-1から始まり、T-STRAC、H-STRAC、MQ-STRACまで終えるのに2時間半くらいかかりました。


それでもメンバーの中では早かった方で、夜の10時には風呂にはいってビールが呑めました。


2日目はポケコン経営計画と第4期、そして午後は昼食を兼ねて近くの五色塚古墳へ知的散策に出かけました。

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つい先日、NHKの番組に五色塚古墳が出てきて、本当に久しぶりでしたので懐かしく感じました。


兵庫県では最大規模の古墳 (前方後円墳)で、現在では背景に明石海峡大橋を望むことができます。


知的散策から戻るとマイツール、その数ヶ月前に神戸の兵庫MG会事務所でMGの合間に少し触っていました。


会社のPC(MZ-5521)でマルチプランを使い、部門別損益計算をやり始めて四苦八苦していた時で、


マイツールを使えば、それがあっという間にできてしまうのに感動してすぐのことでした。


会社(上司である開発部長)にマイツール購入を上申し、OKがもらえそうなタイミングでのシニア研修だったのです。

B/Sが読めますか(2)

復習になりますが、BS(貸借対照表)が表しているのは、会社の「ある日」の「残り物」です。


ですからBSのことを残り表ともいうわけで、むしろこちらの言葉の方がずっと分かりやすいですね。


決算書(財務諸表)では期末(年度末)の残り表を指して、期末貸借対照表と呼んでいるわけです。


例えば3月末が年度末であれば、20××年3月31日に会社に残っているものの一覧表ということになります。


この残ったものについてお金に直して、その金額を記載してあります。


BSには左と右があり、左側を借方、右側を貸方と呼んでいますが、経営管理つまり社長にはどうでもいいことです。


左側に書いてあるのを資産といい、主として目に見えるものですが、中には見えないものもあります。


右側に書いてあるのを負債と資本(純資産)といい、主として目に見えないものを扱っています。


目に見えないままでは困りますので、お金という見える数字(残高)にして記載しているということになります。


合計金額が一番下に書いてありますが、左側の合計が総資産で右側の合計が総資本です。


もちろん当然ながら、総資産の数字と総資本の数字はイコールです。


左側(資産)は三つの部屋に湧かれています、流動資産と固定資産、そして繰延資産ですが繰延資産はない場合も多いです。。

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右側は三つの部屋で、上から順位流動負債、固定負債、そして純資産(自己資本)となっています。


一般的には、左側のお金は「運用」と呼ばれており、右側はそのお金をどこから「調達」しているかを表しています。


そして、左側は逆三角形を目指し、右側は二等辺三角形(あるいは正三角形)を目指します。


具体的にいえば、流動資産の方が固定資産より大きいことが経営上は有利です。


つまり資金(お金)は流動性を高めておきましょうと、税理士さんなどからはアドバイスされると思います。


一方右側については土台ともいうべき純資産を増やすことが大切です。


総資産(総資本)に対する純資産の割合を「自己資本比率」と言いますが、


この比率を高めるには毎年キチッとした利益(純利益)を出し、利益(別途積立金項目等)の積増しを計るに尽きます。


同族企業やオーナー企業などでは、自己資本比率が比較的高いところが多いですが、


通常企業でも30%は一つの目安で、それより高いことが望まれます。


無借金経営も一つの目指す形ですが、これは一概に絶対よしとは言い切れません、それはまたいずれ。


それでは、次回はさらに具体的な科目について見ていくことにしましょう。

新潟駅が変わります

新潟駅の現在の駅舎が取り壊されて、新しい駅舎建設工事が始まっています。


現在の駅舎は「3代目」で1963年の竣工、その直後の翌年に新潟地震にも見舞われました。

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その後の風雪にもしっかり生き延びて現在に至りますが、高架工事も最終局面に入りいよいよ4代目駅舎が造られます。


一連の立体化工事は2007年の南口整備から始まり、いよいよ最終局面に入っていくようです。


私が始めて新潟駅に降り立ったのは確か1971年頃だと思いますが、


もちろんその頃は新幹線も開通しておらず、越後線や白新線も非電化で気動車が多く見られました。


信越本線・上越線の白眉は特急「とき」で、181系の大きなボンネットが目立っていました。

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高架ホームは来年度には全て完成し、新駅ビルを含めた工事も数年先には完了の予定です。


古いものが消えゆくのは寂しいですが、駅が新たな拠点として町が発展していくのは楽しみです。


地上は自由通路と南北道路になり、駅で分断されていた交通も便利になります。

『私とMGと経営』こぼれ話(23)

前回お話しした「8回連続DoNothing」のMG結果ですが、実は黒字で終えることができました。


最終の第4期はそのような「リスク」はなく、最終的自己資本も400近くまで達したのではなかったかと記憶しています。


さすがにA卓とかB卓といった上位卓は、まだまだはるか遠い手の届かないところでしたが、


そこに常に座っておられる、当時の「名人」クラスのシーガルさんの会社盤をじっくり見ることができました。


今とはルールも違い、ゲームは制限時間制で時間内なら第1表をテープでつないでいくことができました。


よってトップクラスの方は、おそらく70~80行(紙1枚が30行)使っていたはずで、


PQも5000円どころか6~7000円代というケースも、不思議ではありませんでした。


何しろ倉庫は使い放題(2台の制限なし)でしたし、「不良在庫」ルールもまだできる前でしたから、


途中経過の時間帯では、会社盤の上に材料・仕掛品・製品が合わせて60個以上ある(現在は最大でも54個)のに、目を丸くしました。
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私でも、同じルールが続いている内には最高で6000円くらい売ったことがあります。


また、P=20円(つまりプライス固定)で売り続けて260個、つまり5200円売ったこともありました。


100人MGの頃は、ようやくどうやったら売れるかのポイントを掴んだところでしたが、


その後は単年度赤字になることもほとんどなく、期数を重ねていくことになります。


まさしく文字通りエポックメイキングであった「あさま100人MG」、大きな学びを得て山を下りました。

B/Sが読めますか(1)

財務三表は、貸借対照表(BS)、損益計算書(PL)、そしてキャッシュフロー計算書(CF)です。


最後のCFは基本的には上場企業のみが義務づけられていますが、


実際には税理士さん(税理士事務所)が作成して会社に届けておられるでしょう。


会計ソフトを使って自社で決算されている場合には、基本ソフトに組み込まれているはずです。


経営者はこの三つのどれもキチンと目通しすることが必要ですが、実際にはどうなのでしょう。


月次の残高試算表も含めて、まず目を通されるのはPLだと思いますが、それは「利益」が記されているからですね。


もっとも利益といっても、PLの中には5つの利益が示されています。


上から順に売上総利益、営業利益、経常利益、税引前当期利益、当期純利益の5つです。


ではこの内、どの「利益」をしっかり見ている必要があるのか、そこのところはその理由と共に理解されていますか?


あるいは経営者と、現場の経営幹部とではみる利益が違う、と言いましたらそのことがお分かりになりますでしょうか。


そのあたりのことはまたの機会に譲って、今日はBSのことについてです。


PLが「期間」損益計算書と言われるのに対して、BSは通常「期末」貸借対照表と呼ばれています。


つまりPLが一定の期間(決算書では当該年度の1年間)の集計数字であるのに対して、


BSはある日、ある時刻の数字、決算書では年度の最終日最終時刻の「残高」数値ということになります。

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言ってみれば、BSは毎日毎日「昨日とは違った数値(本日のBS)」が示されています。


PLとBSに共通している数字は、どちらも最終行に記載されている「当期(分)純利益」です。


ここでちゃんと2つの数値がつながっている、ということが大切なポイントです。


多くの専門家の方は、『BSをキチンと読めること』が良き経営者の条件であり、


BSを正しく呼んで理解することが、「会社を強くする」ことにつながると言われます。


私も同感ですが、でもなぜそうなのかということは余り説明されていませんし、


多くのハウツウ本を読んでみても、なかなか理解できない経営者が多いのではないでしょうか。


ただ、経営者の中には頭では理解できなくても、肌感覚でBSが分かる方も少なくないのだと思っています。


それは「経験と勘」と名付けられるものでしょう、大切で欠かせないものです。


ただし、そこに科学的な裏付けというか週も納得できる合理性という理由が必要です。


BSの中には経営者(の経験と勘)を後押しする数字、あるいは行間の意味が詰まっています。


しばらくはそんなポイントについて、思いつくままに書いていきます。

新たな行動ライフスタイルに向けて

ずいぶん涼しくなりました。今朝の気温は20度、すっかり秋モードです。


つい10日や2週間前には、真夏日どころか猛暑日の暑さにうんざりしていたのに。

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日中はまだ夏日の気温に上がる妃も多いですが、長袖シャツの登場もそろそろ近いですね。


秋のお彼岸、今日が彼岸の入りで24日まで。お墓参りには天候を確かめて、ということになりそうです。


世の中は今日から4連休ですが、やわやわライフの私は毎日が曜日の確認です、笑笑。


リズムを大きく変える気はありませんが、そろそろ先を見た構えもしていかねばなと思っているところです。


もちろん今年いっぱいは、やわやわライフを続けていくわけですが、年明けからは地元での動きを始めていくようにする予定です。


しかしながらそれは、決して「元のライフスタイルに戻す」ことではありません。


新しいライフスタイルを創るといえば格好良いですが、そこまで前のめりにはなっていません。


これまでとは違う、基本的なウイルス対策を守りながら可能な範囲を徐々に拡げていく、といったところです。


行動の土台は『正しく怖れる』ということでしょうか。


いつまでも巣籠もりではいけないので、オンライン講座を始めていますが、


それだけではもったいないぞと思い始めているわけです。強いて言えばハイブリッド。


2021年まではあと100日余り、その間に地に足を着けた新たな行動ライフスタイルを創っていきましょう。


ただし、状況をしっかり見据えていかねばなりません。秋冬の感染拡大も視野に入れておく必要があるでしょう。


もちろん今はあくまで仮定の見通しですが、1ヶ月後には現実として見えてくるはずです。


その時に柔軟な対応、動きができるように身も心も整えていきます。

『私とMGと経営』こぼれ話(22)

真っ白になっている会社盤を見ても、それほど焦りはしませんでした。


同卓の方は皆さんベテランの方ばかり、ガマンをしていれば材料も廻ってきて、売るチャンスも巡ってくる。


確かにその通りで、活気のある卓でしたのですぐにチャンスをものにしてやろうと虎視眈々でした。


ところがところが、その見通しは大変甘かったことをすぐに思い知らされました。


売り買いは、間違いなく順調に行われていました。


でも私のところには全く材料が廻ってこなかったのです。


私の左隣のお2人が、出てくる材料をことごとく買いさらっていかれるのでした。


左隣のIさんは、バランス良く材料、仕掛品、製品と持たれていたのですが、さらに材料を買い増しされていきます。


それも根こそぎ買える「製造能力」をもたれていましたので、私には1個たりとも廻ってこなかったのです。


そこからついに始まりました、「8回連続のDo Nothing」が。


こういう時には、普段は余り引きたいないと思っているリスクカードが来ないかなと願ってしまいます。


リスクカードなら、そこに書いてあることを(たとえ本意でなくとも)何かやることができますから。


しかしこういう時はなぜか、引けども引けども意思決定カード、それまではけっこうリスクを引いていたのに。


3回連続何もせずにスルーして、さすがに4回目には何とかしなければと思いました。


そこで4枚目の意思決定カードを引いた際には、大きな声で「消しゴム掃除します!」と。

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5枚目は「(ゲーム盤の)カードを片付けます!」、6枚目は、、、


ついに8枚目を引き終わって次は何を言おうかと半ば開き直って隣を見ると、Iさん、そろそろ売る気配です。


ようし、この時を待っていたんだと気を引き締めました。


しかしIさんが引いたのはリスクカード、しかも何と「景気変動・逆回り」とな、天を仰ぎました。


もはや万事休す、と天を仰ぎました。天は我を見捨てたり!

急行用名車キハ58系

キハ58系といえば、気動車の中でも最大量数を誇った急行用車両です。


エンジンを2台積んだのがキハ58、1台エンジンがキハ28、碓氷峠越え専用のキハ57、
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北海道向けに二重窓など耐寒構造のキハ27など、バリエーションも多彩でした。


年次によっても細かい違いがあり、全国津々浦々でその姿を見ることができました。


地方のローカル線に急行列車が走るようになったのも、この58系の功績と言って良かったでしょう。


気動車の特性を活かした多層立て、すなわち都会から地方への急行はいくつもの行き先があり、


主要駅での解結(解放連結併合)作業も、ファンにとってはたまらないものでした。ファンにとってはたまらないものでした。


中には駅における神業的な解結もあり、二方向から来て別の二方向に連結し直す列車とか、


途中で別かれた編成が、その先の駅で再び連結されるという「再婚列車」なるものまでありました。


誕生の頃には冷房は搭載されておらず、夏場などは窓を全開にしていましたが、


やがてグリーン車(一等車)から冷房化が始まり、夏の旅も快適になりました。


今日は私のアルバムから2枚の写真を紹介します
(上:キハ5733 急行「越後」 下:キハ58229 急行「うわじま」)。

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