今日から氣愛をさらに込めて

いよいよ今日から熱い3日間が始まります。


今日の午後からがMUGゆきぐに主催の長岡OA大会、午後からスタートで20人くらいの参加になると思いますが、遠方の方々は遅れたりして到着ということもあるでしょう。ワイワイガヤガヤの自由な空気の中で、マイツールの使い方に気付きましょう。


それが終わるとOA大会の打ち上げと明日からのMG(MQ戦略ゲーム)セミナー前夜祭を兼ねての、情報交流会を長岡市内で行います。西先生も参加されますので、『長岡西の会』という名前で26名の参加予定。


そして土日は、MGの開発者・西順一郎遠征をお迎えしての長岡・米百俵MGです。米百俵MGとしては第3回目ですが、長岡で開催を始めてからは35回目(一度だけ柏崎開催)、西先生をお招きして27年目です。


継続は力と言いますが、継続したから力もついてきたと思っています。スタートした頃は25名くらいの参加者、しかも当時の私の会社の社員がその半数以上でした。それから思えば、遠くからお越しいただく方々に心から感謝です。


毎年のように参加いただいている方もおられます。ここ数年で嬉しいのは、新潟県内の参加者が増えてきていることです。力を貸して下さる仲間の方にも感謝です。それでもまだまだと感じるのですが、高望みはいけませんね。


そんなわけで、今日はこれから長岡に向けて出発。セミナー・交流会用の飲み物やお菓子類などを買い出しです。多分たくさんの方がお土産を持ってきて下さるので、余らない程度に調整して購入しておきます。


ではご参加の皆さん、天候がイマイチかも知れませんが、愉しい充実の時間をお過ごし下さい。(下の写真は2014年)

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来月は乗り鉄に行ってくるよ

鉄道趣味というと古くは写真撮影、今流に言えば撮り鉄が主流であったが、その中にも運転風景全体を撮るものと車両を主体に撮るもの、駅などの施設にこだわる写真など様々だった。


私もスタートは撮り鉄で、父親が趣味で凝っていたカメラの中の1台(ペンタックス)を借りて、当時はまだモノクロのフィルムを大事に使いながら列車・車両を追いかけた。大学に入るとバイトをして中古のニコンFを手に入れた。


だが、写真を撮るためには列車に乗る、そうなっていく内に乗り鉄の方が次第に楽しくなってきた。大学の鉄研(鉄道研究会)には様々な趣味人が入っていて、その影響も受けて模型づくり(手作り)に没頭したこともあった。


就職は名古屋で、独身寮に入寮した翌々日に名古屋市電が全廃になった。電車は走らなくなったが、車庫には車両が集められていたのでその様子を眺めに行ったこともある。


以前にも書いたように最近はもっぱら乗り鉄であるが、なかなかその時間を生み出せない。遠征の道程を工夫したり、ミッションの合間を少し活用するくらいだが、それだけでも気分転換にはなる。


乗り鉄の先達といえば亡くなった宮脇俊三さんだが、(当時の)国鉄全線走破を話題にされ、私も挑戦して成し遂げた。その中にはJRには引き継がれず廃線になったところも少なくない。廃線跡を訪ねる「鉄」もあるが、私はパスだなぁ。


中にはJRだけでなく私鉄も含めた全線走破や、全ての駅で下車する「乗ったで降りたで」をやり遂げる人もいるが、私はやる気は無い。それでも鉄道全線に乗るというのは、時間の合間にやってやれないことなはいと思っている。


新線ができたりすると、乗りに行くまではそれとなく気になるものだ。いくつか未乗路線があるが、近くまで行ける時にはなるべく時間を作りたい。最近で言うと、大阪の「おおさか東線」の延長新線区間(新大阪ー放出(実際には鴫野))だ。
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既存の久宝寺-放出間の路線を北に延長した路線だが、元はと言えば城東貨物線という貨物線用の単線だった。淀川を渡る赤川鉄橋は複線用で作られていたが、片側は人道橋になっていたが、それも整備されて複線になっている。


城東貨物線時代にはSL(D51)を追ってカメラを掛けていったものだが、その路線を今度は快適な電車で駆け抜けるわけだ。長く生きていると、色んなことがあるものだナンチャッテ。


実は数日前にも乗りに行こうかと思ったのだが、セミナー後で疲れが残っていたし、猛暑が予想されたのでやめた。もっとも乗ってしまえばクーラーが効いているのだけれど。


そこで9月には改めて乗りに行こうと思っている。今回もセミナー後だが、9日の午前中に時間が取れそうなので、前日神戸に泊まる予定を大阪泊に変更して、移動時間を節約してということにした。


そういうわけで、来月は乗り鉄の話題をお届けできそうだ。

今坂朔久先生の書を熟読

今日のテーマ・カテゴリーは「小さな会社のマネジメント」ですが、ちょうど3年前から書き始めています。週に1回くらいのペースですが、時には間を詰めずに書いていたり、また時にはしばらく日が空くことも。


その時々の思いつきが多いのですが、たまたまテレビや本、ネットなどで目にしたことを取り上げることもあります。テーマや内容が何度か同じ類で繰り返されることもありますが、何しろ無計画で書いていますのでお許し下さい。


以前に書いたものを見て、これは違ったいたなと感じることもありますが、その時はそのように思って書いたわけですので訂正したりはしません。新たに異なるテーマで書いて、さりげなく変更することで自分の進化向上と捉えています。


さて、今ちょうど今坂朔久先生の『改訂 新原価の魔術』(1985年改訂)を読んでいます。先生は「行動会計」を提唱され、直接原価についても「原価の魔術にかからぬ法」として推奨されています。
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かつてMGセミナーの中で、西順一郎先生からも何度かその名前をお聴きして学ぼうとしたことがありながら、いつもその概要の範囲に留まっていました。今回は自分の本として手に入れましたので、じっくり学び直しているわけです。


まだその学びの内容を詳細にご紹介するには、私自身がまだ十分に咀嚼していませんので、それはまた機会を後に譲ります。ただ、読み進めていく中で、なるほどMGを通じて学んでいることは正しいし、ぜひ製造業などの方にも伝えたいと強く思った次第です。


それは、かつて一倉定先生がおっしゃった言葉「全部原価があなたの会社をダメにする」にも直結します。そうはいってもと斯業の方々はおっしゃるでしょう、法律でそうなっているのだからしょうが無い。


その通りです、税法や証券取引法でがんじがらめの中では致し方ないわけですが、それは税務会計あるいは制度会計上のことで、言わば静的会計というものであり、今坂先生の言われる行動会計、経営者の行動・意思決定に直結しないのです。


動的会計、あるいは行動会計は経営者のための会計あるいは経営の数字であり、合理的であり科学的なものです。


例えば、全部原価の原価に含まれる要素は3つあって、材料費(と副材料費)と労務費と製造経費です。労務費は直接的には機械を動かすワーカーさんの人件費ですが、では機械に直接タッチしない工場で働く人の人件費はどうなるのでしょう?


そこで、労務費を直接労務費と間接労務費に分けて前者のみを原価の要素とする仕組みもあるようですが、では一人のワーカーが機械も動かせば、間接的な仕事をしている場合はどうなんるのでしょう。時間で案分して「配賦」しますか?


工場の照明電気代は直接経費、工場に付設してある事務所の照明電気代は間接経費でしょうか。その境目はどこで、配電盤も厳密に分けてあるのでしょうか、等々。


しょうがありませんね、法律がそうしろというのですから。でも、経営者の判断・意思決定は法律とは関係ありません。実質あるいは実態が分かることが大事なので、数字のマジックは必要ないのです。


MGのセミナーでも、製造業や土木建設業の方がいらっしゃると、可能な限りでこういう話もするのですが時間に限りがあって、詳細を伝えられないのが残念です。私の体験知識も乏しいということもありますから。


これから今坂先生の本を通じて、また関連の本やネット情報などをしっかり集めて学び直します。より正確な情報を、一緒に学ぶ皆さんにお届けできることを念じて。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(24)

これから書くことも、もうこれまで何度かお話ししたりブログやコラム、あるいは小冊子などにも紹介してきたことです。またか、と思われる方もいらっしゃるでしょうが、しばらくお付き合い下さい。


私が脳力開発に出会ったのは、正直に言いますとあんまり強い記憶が無くて、おそらく1983年頃だったんではなかったかなと。と言いますのは、城野先生が亡くなられたのが1985年の12月で、そこから逆算をしてその頃だったじゃないかなと思っているわけです。


城野(宏)先生の印象はかなり強烈だったのですが、ただ他にも何人かの講師(講演者)の方がおられて、そちらからの刺激の方が当時の私には強かったのだろうと振り返っています。


かなりもったいないことをしたなと思うわけですが、今からでは遅きに失すということにしかなりません。しかも、その次の年にもお目にかかっているはずなのですが、その時もまだ脳力開発への理解は中途半端なまま終わってしまいました。


それは多分、当時の私が人頼りの姿勢の典型とも言うべき人間であり、口では進歩発展を唱えていながら自分では進んで行動できないタイプであったからでしょう。さらには自分だけ良しというか、ハッキリ言えば自己中心的な発想・行動の人間でした。


つまりは、脳力開発の基本中の基本である『精神的姿勢の確立』の第1指針から第3指針の、全てが逆ベクトルであったということでした。そのベクトルを揺り戻してくれたのがMGでした。MGでの体験の積み重ねが、基本に戻らせてくれたわけでした。


そのきっかけになったのが1988年1月に、西(順一郎)先生に出会ったことでした。まとめの講義の中で城野先生の名前に触れられたこと、それが私に脳力開発を思い出させてくれました。
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お恥ずかしい話ですが、当時の私は城野先生が亡くなっていたことすら知りませんでした。まずは手元に残っていた城野さんの本を読み直すところから始め、本屋通いで次々にまだ在庫のあった本を買い占めていきました。


本を読んで感じたことが、MGをやりながら感じていることと同じだということに気付くのに、時間はかかりませんでした。特に、成績の悪いことをリスクカードのせいにしていたり、同じ卓の方の安売りに目くじら立てている自分に気付かされたわけです。


脳力開発の本の中に書いてある、指針と逆の行動姿勢が全部何もかも自分に当てはまる。でも表があれば裏もあると城野さんは書いています、ならば今と反対のことを意識してやれば良いのだと。


そう気付くのに時間はかかりませんでしたが、かなりの期数を要しました。頭では分かっていても、その通り行動できるかどうかということは違うのです。まずは意識を強めることから始め、まずはやってみようでした。


やってみて初めて色んなこと、それまで分からなかったこと、気付かなかったことが次々に見えてきました。両面思考や多角度思考も、MGを通じて実際知識、体験知識として身につけていくことができたわけです。


MG100期を超え、そこから10期また10期と積み上げていく中でようやく『人頼りの姿勢』をクリアできたように感じました。ですが、MGではできても、実際の仕事の中でできるまでにはもう少し時間がかかりました。


仕事の中で、自分が社内評論家ではなくなったと感じたちょうどその時に、販売会社への出向を内示されたのは偶然ではなかったように感じています。

週末はさらに熱い長岡市です

お盆休みも終わって、再び世の中には通常の空気が流れてきました。中には9連休や10連休の方もいたようですが、昨日も交通機関はどこもかなり混み合っていたようです。


鉄道の駅や空港などは、普段余り旅慣れていない人たちが多いせいか、荷物を抱えたり子どもを連れてなど右往左往している様子も多々見られました。怖いのはまだ小さいこの手を離す母親の多いこと、端で見ていてヒヤヒヤします。


赤信号無視も気にかかりますね、子どもの教育にも良くありません。座席をめがけて走る子どもを制止しなかったり、譲り合いの席に腰を下ろす子どもに注意をしない親、「お里が知れる」とはよく言ったモノです。


さて、そんな喧噪の休みが終わって新しい週が始まりましたが、いよいよ今週末は私のヴァンガード経営研究所主催では、1年で最大のイベント・セミナーが開催されます。


23日の金曜日はOA大会、こちらはMUGゆきぐにが主催ですが、私のところで事務局をやらせていただいています。20名少しくらいの小さなセミナーで、それぞれが自分のやっている仕事を紹介しながら共に学ぼうという集まりです。


開会と閉会のあいさつ以外は何もプログラムが決まっていないという、ゆる~いセミナーですが、そこがいいところです。皆さんが仕事で使っているPCソフトはマイツール(MT)、もうできて40年近くになる日本人による日本人の為のデータベースソフトです。


詳細は実際に見ていただくのがいちばん、ご見学も自由です。会場は新潟県長岡市のまちなかキャンパス長岡、お近くの方はどうぞいらっしゃって下さい。発表メンバーも当日自薦&他薦、時には指名もあるかも。
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そして翌日からの土日2日間は、第3回長岡・米百俵MGセミナー。MGの開発者である西順一郎先生を1992年からお招きして、通算では今回が33回目ということにもなっています。


全国からMGを学ぶ「シーガルたち」が長岡の地に集まります。県内のシーガルたちももちろん参加、学び合いと交流の2日間です。新潟県内で西先生に直接指導いただける機会は、他に柏崎MG(11月)しかなく貴重な機会でもあります。


OA大会から続けて参加される方、前夜祭・西の会から来られる方もあり、熱い3日間になります。もちろん、MGセミナーもご見学は自由、会場は長岡駅から歩いて10分のアトリウム長岡です。


県内でMGを、そしてマイツールをやるメンバーも少しずつ増えていて、このほかにも上越市や長岡市、あるいは新潟市でもセミナーが定期開催されるようになっています。


これからも学びの仲間が増えていきますように心から願いつつ、今年も来られた皆さんに「良かった」と言っていただける充実した時間をお届けします。美味しい新潟の酒もたっぷりと用意して。

今日は短めのブログで

台風10号への対応から始まった今回の遠征も、無事にセミナーも終わり、今日は地元・新潟に戻ります。


留守にしていた間に、新潟では連日40度を超えるような暑さが続いたらしく、これも台風がもたらしたフェーン現象のなせる気象だったようです。遠征先の神戸でも暑さは変わらず、強い日射しを見上げていました。


そんな中ですから水分補給は欠かせず、私もやや小さめですが保冷ボトルを愛用しています。遠征先ではホテルで氷とお茶などを補給していますが、たいていのホテルが製氷機を置いてくれているのはありがたいです。


以前は製氷機がなかったり、朝食会場に氷がなくてフロントに頼んだこともありましたが、その意味ではサービス向上に感謝しています。今日も朝食会場で、氷とお茶とをいただきました。


さぁ、今日も暑い1日になりますが、氣愛を入れて出かけることにしましょうか。

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心配りを自然に意識して

台風10号が去って行っても、猛暑は相変わらずです。


この週末も連日猛暑日になるようで、熱中症で倒れる人も増えるのではと懸念されます。


自分もそうなってはいけない、ならば外に出なければ佳いと短絡的に考えるのはともかく、あれもこれもと心配してしまうのはいかがなものでしょうか。健康などもその類で、書物やネットで得た情報に振り回されるのも現代人ならではでしょうか。


心配、これに「性」をつけると心配性になり、さらに「症」をつけると心配症になってしまい、こうなるともう病気そのものです。昔から言うではないですか、過ぎたるは及ばざるがごとしと。


そうならないようにしたいものですが、意識していないとついつい過度の心配をしてしまうものです。


その点私は楽天的というか、少なくとも過度に心配してしまうことはないようです。


で、心がけているのは「り」をつけること、すなわち心配りです。MGや脳力開発で学んでいる相手中心主義にもつながります。「り」は「理」や「利」にもつながりますね。意識を少し変えるだけで、自分にも周りにもプラス効果があるものです。


今日もこれからセミナーのインスト、ここで大事なことはもちろん心配りです。参加全員にというのはなかなか困難ですが、一人に的を絞って心配りをすれば、それは全体にも通じていくものです。


でもあくまで自然体で、今日もその意識でセミナーに臨んできます。

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連載・『脳力開発と私』こぼれ話(23)

一昨日から神戸に来ています。台風10号はゆっくり進んで上陸し、未明には日本海に出たようです。まだまだ吹き返しの風や雨に警戒が必要ということですが、ピークはそろそろ過ぎそうです。


実は今日明日は、ここ神戸でMQ戦略ゲーム(MG)セミナーが開催され、私がインストラクターを務めます。そんなわけでナントカ昨日の内には神戸に着いておかねばならないということで、先週後半からは集められる情報をできるだけ集めて最終判断しました。


結局は当初の予定(新潟発15日の初発ANA便)ではリスクが大きいと判断して、14日に東京・羽田経由のANA便で伊丹空港に降り立ちました。新潟からの便は満席・空席待ち状態でしたのやむを得ませんでした。


13日の朝から航空会社のHPを確認して関連情報を集め、昼の時点で15日の伊丹空港は「運行に影響あり」に指定されましたので、14日出発を判断・意思決定しました。※結果的には当初予定便は定刻に飛んだようですが。
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幸い新潟から東京への新幹線も、お盆の戻り客のピーク前ということもあって指定席が確保でき、羽田発の空便も予約。さらには、15日から宿泊予定のホテルも前日からの宿泊に切換OKでした。



このあたりのリスク対応というか、いざという時にどうするかという事前準備は脳力開発でイヤというほど学んだことでした。戦略は「15日には神戸に着いておく」ことですから、その為の戦術(手段・方法)はいくつもあります。


元々のスケジュールルートは最も時間もコストもかかりませんが、台風の影響をまともに受けそうだと判断し、二の矢、三の矢の戦術を予め計画しておきました。また、夜遅くに着くよりも早めの移動が得策です。


はからずも、脳力開発の実践トレーニングのようになったと笑って言えるのも、無事に戦略が達成されたからですが。


このように場当たり的ではなく、しっかりと戦略・戦術の組立をしておくというのは行動の基本です。確かに台風、自然の猛威というどうしようもない条件ではありますが、その条件を可能な限り避けるという動きは自分でやることができます。


もちろん、万が一に備えてセミナー主催者には連絡を入れておきました。そこでは「15日中に到着しておく」という、戦略のみをお伝えしました。


そして変更が確定してから
、結果としてどうなったかということもキッチリと伝えました。連絡が遅れて余計な心配をさせてはいけませんから。


上述しましたように当初のスケジュールに随っていても、大阪そして神戸には昨日の午前中には到着できたのですが、それはあくまで結果論で、台風の進み方や暴風域の大きさなどは人知でどうしようもありませんから。


自分ができることは何か、それが全ての基本です。リスクが限りなくゼロに近いのと、半々くらいのリスクがあるとしたら、やはり前者を選ぶ方がベターだと思います。


そんなわけで、今日はこれからセミナー会場に向かいます。参加者の皆さんが無事に顔を揃えられるか、その心配はありますが、今日は次第に天候も回復(強風は残りますが)してくるようですので、明日の夕方まで楽しく学び合いましょう。

成功に学ぶより失敗に学ぼう

企業の倒産が増えてきているという。今年の春頃までは前年比を件数でも下回っていたのが、増加の傾向にあるらしい。大型倒産は目立つが、小さな会社の倒産は余りニュースにもならない。

 

昔から倒産といえば、他の要因が引き金ではあっても資金の行き詰まりというのが主要な理由であった。もちろん今でもそれが主流長岡・米百俵MGではあるのだが、違う要素が徐々に拡大してきている。

 

資金の行き詰まりは、経営者の放漫経営とか投資の失敗とか、あるいは得意先倒産による売掛金回収不能などが引き金になるが、昨今は黒字倒産が増えてきているという。

 

黒字倒産というのは、損益計算書(PL)上は利益が出ているのだが、キャッシュフローが回らなくなって起こる。急激に売上が伸びている会社や、急成長のベンチャー企業にも少なくない事例だ。

 

これについての話は、これまでもキャッシュフロー経営セミナー(CFMG)などの解説コラムで書いてきているので、そちらをご覧いただきたい。

 

それとともに増えている倒産(事業の行き詰まり)の要因は、人手不足と事業承継である。どちらもかなり深刻な問題で、これから先もさらに深刻さを増して広がっていきそうだ。

 

人手不足、つまり人が足りないので採用したいがいくら募集をかけても集まらない。待遇改善(給与アップや休日増、残業減)などをアピールしても応募がない。例え採用できても定着してくれない。

 

悩みや相談を持ち込まれる社長の話を聴いていると、こういったないないづくしばかりで、聴いている方がうんざりしてしまう。何か良い方法はありませんかと問われても、こんな「ないない」社長につける薬はない。

 

有効求人倍率が上がり、中には1,5倍とか2倍といった地域もあるので、嘆いている理由も分からないではないが、それでもちゃんと採用ができて人が充足している会社が事実としてある。

 

それは大企業のことでしょうと口を尖らせるが、小さな会社だってちゃんとやっているところはやっている。人不足を嘆く前に、今いる人たちのレベルやスキルをアップすることも考えてほしいが、それはやらない。

 

一方、事業承継がうまくいかない、見通しが立たないというのも、実は要因の根っこは共通している。要するに会社の体質や状態・現状、あるいはまた社長自身に問題の本質がある。

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細かいことについてはまた別の機会に書いていこうと思うのだが、そういった根本的要因に早く気付いてくれることが先決だ。目先の戦術をいくら繰り出したところで結果は見えている。ムダな鉄砲という類だ。

 

だから「どうしたらいいですか」と尋ねられた時に、半分冗談でこういうことがある。一番良い方法は、社長さん、あなたがお代わりになることですねと。もっとも代わりの人財が育っていないことも多いのだが。

 

さらに多いのが、成功事例を教えてほしいという社長だ。教えて上げてもいいのだが、同じことをやられたとしてもうまくいく確率は1/10以下だろうと思う。全く同条件だということはあり得ないからだ。

 

数学や物理の法則とは違い、会社を取り巻く環境や条件、企業風土などが全く同じであっても、同じ結果が生まれるとは限らない。ましてや環境条件などが異なれば、結果が異なるのは至極当然だ。

 

成功法則というものは無きに等しい、と私は思っている。一つだけあるとしたら、社長自身が変わることだろう。それができないから、首をすげ替えたらどうだといっているわけだ。

 

ところで、企業の成功法則はほとんどゼロなのだが、失敗の法則は間違いなくある。だから、成功に学ぶよりも失敗に学んだ方が良いのだ。そこには法則があるのだから、反面教師としてしっかり学べば良い。

 

そうならないようにするにはどうしたらいいのかを、自分の頭で知恵を働かせ、実際の行動に移せば良い。そうすれば少なくとも失敗のテツを踏む確率は、ずいぶんと小さくなるはずだ。

 

幸か不幸か、失敗の事例あるいは倒産の事例は数多くある。それらをざっと眺めていれば、失敗に至る法則性が自ずと見えてくる。少なくとも自分がそこに陥っていないかくらいはチェックできるはずだ。

 

成功よりも失敗に学ぶ方が効果が高いはずだ。

見積書を出す時にMQが決まる

私は1974年に大学を卒業して、とある一部上場企業に就職することができた。そこは製造業で二次素材が主力商品だった。一次素材製造に触手を伸ばしたが失敗して撤退した。ただそれは私が体を壊して辞めた、ずうっと後であった。


その会社では短い期間ではあったが、社内報企画制作とワーカー教育を担当した。社内報は毎月発行のカラー版だったが、折からのオイルショックで会社の業績も下降し、カラーがモノクロに、さらには隔月発行に急速に変化した。


ただそこで学び身につけた知識やスキル(コピーライトやレイアウト等)が、次の仕事に役立った。次の会社はアパレルメーカー、スクールユニフォーム分野では常にトップを伺う企業だった。そこでは宣伝企画や販促、営業開発といった仕事を担当した。


正直なところ腰掛けくらいの気持ちだったが、様々な事情もあって腰を落ち着けることになった。そのおかげでじっくり「戦略と戦術」、あるいはマーケティング知識とスキルを実務の中で実践的に身につけることができた。


通算して32年間(1976~2008年)在籍することになったが、その内後半の16年半(1990~2006年)を販売会社で過ごした。親会社に籍を置いたままの出向だったが、現地責任者としてとくに後半9年間は代表取締役社長を務めた。


MG(MQ戦略ゲーム)と出会ったのは親会社時代の1987年だが、実務と並行して実践的に学んだのは出向時代である。本当の経営とリンクしたわけだから、学びも大きかったのだと言える。


途中からは、他社の研修や時には経営相談まで引き受けることがあった。親会社の社長には暗黙に了解をもらっていたが、昨今話題になっている副業についての先駆者だったなと思っている。副業というにはいささか不定期で、副収入も僅かだったが。


副業で稼ぐことよりも、様々な業種業態に出会ったことが大きな特典だった。自社(アパレル製造と販売)とは異なる中で考えを巡らせ、現場でやってもらうということで違った分野の体験を積み重ねられたわけだ。


最終的には1年半だけ親会社に戻り、グループの連結決算の仕組みを仕上げてから自主退職した。すでに56歳になっていたが、仕上げの仕事をやり遂げることで親会社や、すでに亡くなられていた入社当時の社長に恩返しを終えたという気持ちだった。


さて、そんなわけで当初は製造メーカーであったのが、途中から販売会社すなわち流通・サービス業に転じたおかげで、その2つの違いを強く体験することができた。その大きなポイントは原価計算である。
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そして、今ひとつ大きなことは「企業の利益は会社の外にある」ということを知ったことであり、また「見積書を出す瞬間にMQ(売上総利益=粗利益)が決まる」ということだった。


親会社(メーカー)で仕事をしている時には、製造利益や生産部利益という言葉を常に耳にしていた。生産性が上がれば、つまり定められた時間内に多くの生産ができれば利益が上がるということを教えられていた。


そのことを疑ったことはなかった、理屈はともかくそんなものだと思っていた。確かに、製造でやっている全部原価計算によればそうなる。生産工場にある今日の生産目標数値のパネルを見ながら、工場の皆さんはがんばっているなと思ったものだった。


しかし販社に移って分かった、それまでもおぼろげに分かっていたことだが、「全部原価のウソ」ということを身に沁みて知ることができた。それはある商品(別註商品)で親会社から見積もりをとった時のことだった。


余りに高い見積だった、なぜかと尋ねたら作る量が少ないからと言われたわけだ。それはおかしいだろう、同じ商品を100作るのと200作るので見積価格が違うということ、それは市場と向かい合っている販売会社の考えとは違っていた。


正確に言うと販売会社のではなく、お客様の目と感覚だ。同じ商品(素材・デザイン)であれば、100枚中の1枚であろうと200枚中の1枚であろうと、同じ値段であるのが当然というのがお客様の感覚だろう。


この感覚が製造現場では分からないらしい、全部原価で計算すれば彼らのいうとおりのコストになるからだ。で、コストを下げると彼らは製造利益が増えるというがそれは間違いだ。なぜなら、お客様が買われて始めて利益が生まれる。


お客様に売れないものは私たちは(メーカーから)買わない、そうなるとメーカーはいくら作ろうとも利益が稼げない。計算上の利益、架空の利益は上がっても、本当の利益は出てこないのだ。これが、彼らにはどうしても分からないらしい。


あなたの会社がもし製造業なら、こういう間違い意識や感覚をもっていないか、冷静に見つめ直してほしい。繰り返していう、製造利益だの生産部利益というのは幻なのだということを。


販売会社にとって見積書を出す瞬間、正確には見積書がOKされた時にMQが出るのだ。その見積価格が、市場価格として正確なものでなければいけない、ということを強調しておきたい。

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