47都道府県を制覇しました

この土日は、今年初めてのMGセミナー受講でした。


大分・日出町での西研MG、これで47都道府県全てでMG受講あるいはインストをやったことになりました。


それがナンボのもんじゃと言われてしまえばそれまでですが、私自身の目標でもありましたので嬉しく思っています。


昨年までの戦略であった「毎期かならず利益(当期利益)を出すこと」や、かつての目標「A卓にこだわる」ことを今年は外しましたが、外して舞うことはもしかしたらマイナスに働くのかも知れません。
84418759_2784045195019720_24631850000491

別に成績が悪かったわけでもありませんし、1年のスタートMGとしては上出来段田のではないかと評価しています。


A卓からは陥落して5期はB卓ということになりましたが、最終的にはまたA卓にカムバックでした。


最終自己資本は552、これで第5位でしたが、4期はやっとこさ10番目くらいでしたからまずまずでしょう。


今回の受講者の中では最年長でしたから、良しとして下さい。


今回も戦術は毎期バラバラ。第2期は青と黄での3個売り、3期は次繰り青2枚だけの4個売り、4期は青なし黄のみの7個売り。最終5期は青2枚でのハイP7個売り。感覚としてはリスクもよく引いたなと。


戦略は一貫しているんですけどね、戦術はコロコロと変えるのがまた楽しいわけです。


ちなみに4期と5期は中間段階で損益分岐点を突破しましたが、後半の行動を変えました。4期は次期への確実な準備をすること、5期は可能な範囲内でMQ=Gを上げていくこと。


次のMGでは何を実行しようかと、ここから先は老化防止の脳トレみたいなものです。


ちなみに次回のMG参加は、来月の香川県高松市で開催されるさぬきMGです。以前からぜひお目にかかりたい方もいらっしゃいますので、とっても楽しみにしています。

大分MGはどんな戦略&戦術で?

昨日から大分県日出町です。先ほどから雨が降り出しました。


この日出町は小さいながらも城下町、豊後日出木下家2万5千石は江戸時代初めから明治まで変わらずこの地にありました。

Photo_20200125085901
初代木下延俊は、豊臣秀吉の正室・北政所おね(高台院)さんの甥に当たります。


関ヶ原前後では東軍につき、その功績によってこの地を与えられたそうで、以後16代を経て明治に至ったそうです。


ちょうど来る途中で歴史の本を読んでいたのですが、高台院は東軍側か西軍側かという色分けについての話が載っていました。


皆さんはどちら側だったと思いますか?


大坂城の実質的主であった淀殿との対立から、東軍側に付いたと考える方も多いでしょう。その故に小早川秀秋(甥)に裏切りを示唆したとか、加藤清正や福島正則などを支援したとか。


ただ、これはあくまで結果から出たこじつけみたいなものかなと思います。


高台院は多分「豊臣派」だっただけで、対立は望まなかったというのが私の見解です。


では淀君は、「関ヶ原」時点ではどちら側だったと思いますか?


もちろん秀頼名義ですが、上杉討伐軍の東上に当たり家康に多額の軍資金や兵糧を与えています。でも、石田三成が挙兵した際には何も与えていない。


その当たりの歴史の事実を組み合わせてみると、色んな発見が出来るものです。


ちなみに、小早川秀秋は関ヶ原合戦の最終盤で「突然に」裏切ったのではないということ、最初から東軍側だったなども事実をつなぎ合わせると導き出せます。


そう、事実を正確に見ること。思い込みや結果からの類推ではなく確定的事実で考えよとは、脳力開発・城野宏の教えです。


さぁ、今日から大分MGセミナー。どういう戦略と戦術でいこうかなぁ。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(62)

社員が10名そこそこの、とある会社のものがたりです(実話を少し脚色)。


家族的経営といった雰囲気で、業績もそこそこに推移してきた会社ですが、社長には気懸かりがありました。その内の一つがヒトの問題です。


つまり年々社員の平均年齢が高くなると共に、数年以内に定年を迎えるベテラン社員も何人かいます。もちろん、定年後の雇用も本人からの希望があれば実施するつもりです。


それでもやはり若い社員が必要だろうということは、社長自身だけでなく社員も感じていることでした。そこで、中途採用のPhoto_20200123145701 募集をハローワークを通じて掛けてみました。


何人かの応募がありましたが、期待した20代から30代の若い人の応募はなく、いずれも40代後半から50代でした。


求人では原則として年齢や性別を限定することはできませんので、応募者とは一人一人面接した上で断りの連絡を入れました。


ウチのような小さな会社にはやっぱり若い人は来てくれないのかなと、半ばアキラメの気持ちになった頃ハローワークから電話があり、一人の青年が履歴書を持って訪ねてきました。


大学を中退して就職したモノの、2つ3つの会社でアルバイトやパートとして働いてきたそうです。長続きしないで転職していたことは気になりましたが、面談してみるとなかなかハキハキしていて礼儀も正しい青年でした。


社長は話している内に採用を決めたくなりましたが、念のために古参の社員である営業部長にも面談に立ち合ってもらいました。


部長が色々と質問を投げてもそつの無い答をします。社長がその気になっていると気付いた部長も、いいんじゃないですかと言うので採用OKを出しました。


現在無職だというので翌週初めから出社してもらうことにしました。ただ一つ気になったのは、彼が帰る姿をずっと眺めていたのですが、見えなくなる直前にタバコをくわえて高そうなライターで火を点けたことでした。


週が明けてそのK君が出社、朝礼でみんなに紹介して当分は内勤、倉庫での出荷作業の一員としました。商品や得意先を覚えた頃には営業に出そうと考えていました。


最初の一週間余りは何事もなく過ぎていき、K君も一生懸命働いているように見えました。なかなかやるじゃないか、いい社員が雇えたなと社長は部長たちにも話していました。


ところが最初の給料日の日のことです。振込でしたから渡すのは封筒に入った明細書だけです。K君も受け取って社屋の外に出、陰に隠れるようにして明細を見ていたようですが、チェッとつばを吐き捨てました。


さらにタバコをくわえて、くだんのライターで火を点けスパスパ吸ってから投げ捨てました。それが社長の目に入ったのです。


社長はとっても嫌な気分に襲われ、その瞬間からK君への好意的な見方は一変したのです。そうなると、仕事をする態度も何となくだらしなく見えてきますし、丁寧さが足りないように思えます。


そうです、好感から嫌悪感へと180度転換してしまったのです。


最初は相手の良い面だけが目について、それが相手の全人格のように感じていた。今度は反対に悪い点が目につき始めると、それが相手の全人格であるような思い方をしている。


こいうのが片面思考(の傾向)です。一方の都合の良い面ばかりを見てしまうか、あるいは逆に都合の悪いところばかりを考えてしまうようになる。いずれにしてもキチンとものを見ていないということになります。

人もお酒も肴も出会いが楽しみ

1月もアッという間に後半戦、もはや正月気分でもないのでしょうが、新年会と名の付くものはまだまだ続くのでしょう。


個人事業主という一匹狼の私は、色々な団体などからは距離を置いていますし、メインがネット銀行では銀行の会からのお誘いもありませんから、比較的静かな新年の毎日です。

20200122-191939
身近な団体の新年会もたまたま遠征出張と重なったりして、昨夜の新年賀詞交歓会(新潟&下越地区倫理法人会)が今月唯一でした。


それも無事に終わりましたから、他にはセミナーでの交流会が新年会代わりということでしょうか。セミナー後にも、足を伸ばしてMG仲間たちとの再会交流の予定があります。


新年三が日は特別に家でお屠蘇をいただいたりしましたが、昨年の秋以降は家吞みを控えることにしました。特に理由はないのですが、お酒をいただくとつい食べ過ぎるので、それを抑えるくらいの理由です。


外では相変わらず、以前と同じペースで吞んでいるのですが、できるだけハイボールや酎ハイなどの蒸留酒にシフトしています。


とくに糖質制限するという意識はありませんが、結果的には体重も目標数値前後で収まっていますし、一時は高めだった血圧も落ち着いています。


とくに昨夏に右膝を痛めたこともあって、体重には気を遣います。家では毎日体重計に乗りますが、遠征中はなかなかできません。それだけに気を付けているわけです。


ちなみに今年の目標数値は65kg、現在そこから±0.5kgで推移中、絶好です。


何しろ仕事柄「体が資本」で、開催セミナーに参加して下さる皆さんに迷惑を掛けてはいけません。そういう意識があれば、度を超すこともないようです。


幸い昨秋の特定健康診断でも特に悪いところはなく、いくつか注意点はありますが、これもそれなりに節制しているおかげでしょおう。


でもお酒は好きなのでしっかりいただきますし、その土地の肴も楽しみに各地に出かけています。


今週末は大分(MGセミナー)、人もお酒も肴も、出会いを楽しみにしています。


明日朝は早いので、遠征準備を怠りなく、何しろ「忘れ物名人」ですので。

金融機関と付き合うこと

新しい年が明けて3週間が経過し、新年会・賀詞交歓会などの行事も続いていることでしょう。


会社や業界の新年会、さらには地域団体や金融機関との新年会は、おそらく2月の上旬まで開催されますね。


大きな会社ならば、何人かの経営幹部に参加を振り分けながら出席することもできますが、小さな会社ではそうもいきません。
Photo_20200121222001

私も現役(社長)時代は、さすがに全ての新年会に付き合うことはできませんでしたが、時間が許す限り出席しました。とくに地域団体や銀行の会にはできるだけ出席しました。


それは自分の業界だけでなく、また地域の情報も含めて幅広いご縁を得ることができるからです。脳力開発でも、仕事とは「人との縁を作ること」と教えていますので、その実践の場であったわけです。


また、銀行の会では普段の窓口(融資)担当者だけでなく支店長、あるいは地域拠点店のトップや本部の融資・審査担当などにも顔を合わせるチャンスがありました。


それが直ちにどうとかこうとかではないのですが、いざという時にはそういう縁の糸がモノを言ってくれるかも知れません。


ここで言いたいことは、経営者にとって大事な日常活動の一つとして「金融機関(銀行)とのお付き合い」を上げておきたいということです。


上手なお付き合いと言いたいところですが、私の16年余りの経営体験ではそこまで言い切ることはできません。でも、経営者として普段から銀行と良いつながり(ご縁)を作っておくことは重要なことです。


かなり以前にも一触れたことがあるのですが、無借金経営は決して良いことではないことを今一度書いておきます。


無借金経営であっても、銀行とのパイプを持っている例もないとはいいませんが、稀なことではないかと考えています。


銀行はお金を貸してナンボという仕事ですから、基本的に貸出先こそがお客様です。無借金ということは、地域の銀行とご縁がない、あるいは薄いということではないのでしょうか。


無借金経営を標榜されているある社長から、心配はしていませんよ、万が一ということになっても銀行は何とかしてくれるでしょう、財務体質も業績もいいんだからと聞いたことがあります。


確かに順風満帆、平穏無事で推移している内はそれでいいのでしょうが、本当に「万が一」の状況になった時には果たして大丈夫かなと心配するのです。


銀行だって人の子、何のご縁もない相手よりも、現在のお客様を選択するのではないでしょうか。


具体的な事実は東日本大震災後にも見られた、ということを記しておくことにとどめますが。


銀行からの借入金を有効に、つまりご縁というパイプを太くすると同時に企業の体質強化にも活用することがポイントです。


手前味噌で恐縮だが、私が販売子会社に出向した時、その会社は実質債務超過であった。親会社がバックにあるという理由だけで銀行融資が受けられていた、と私は思っています。


それが全社員の努力と実際行動によって、10年後には銀行の方から貸出の提案を受け、メインバンクから当座貸越で借入ができるようになりました。


現役当時は十分理解しないままの行動でしたが、今振り返ってみてなるほどそうだったのかと頷けることが多いのです。


その中にはもちろん、取引銀行とのお付き合いという戦術が裏打ちとしてあったわけです。

連載・『脳力開発と私』こぼれ話(61)

城野宏先生が、セミナーの都度投げかけられた質問は「ハイライトの箱は何色か?」でした。


私も初めて(講演会の時だったかな)その質問を投げかけられた時、「青です」と心の中で答えていました。

Photo_20200120200401
当時私はスモーカーでピースを吸っていましたが、一時期ハイライトを愛煙していたこともありましたので、青のイメージはすぐに浮かびました。


おそらく多くの参加者が同じ答を頭の中に刻んだことでしょう。この質問は、今現在私のセミナー(脳力開発講座)でもやっていますから、一度体験してみられませんか。


これはモノ(あるいは物事)は一方からではなく、多方面から見なければならないということ。あるいは近づいて、できることなら必ず手に取って見ることが大事だということです。


脳力開発11の指針の中では第5指針、『常に両面とも考え、どちらが主流かも考える習慣をつくろう』です。


まずはこの両面思考、その反対である片面思考について考えてみることにしましょう。ポイントは、油断していると(漫然としていると)片面思考になっているということです。


ハイライトの箱にしても、見せられたところだけ見てしまっていたら、なるほど青い部分が強く目に入ります。しかしよく目を凝らしてみると、白いところもありますし、薄い緑のシールに赤のテープ、文字は黒ですし銀紙も見えています。


しかもそれらは表の今見えている部分です。青がたくさん見えている箱紙の裏側は、、、白ですよね。さらに箱から取り出した銀紙、かなり大きな面積ですし、その裏はやはり白でした。


もう一ついえば、箱が入っていた透明の包みもありました。


では一番多い色は? 表面だけ見ていますと青が主流のように見えますが、断然白が多いことは一目瞭然です。次は銀色で、青は3番目。


物事や事象でいうと、目立つ部分を主流だと思ってしまうのが人間の常です。マスコミなどは、この目立つ部分を取り上げて、さらに膨らませて報道します。


ですから報道その他「目立つ部分」に振り回されないように、意識を持っていないといけないということです。


では次回からさらに、この片面思考&両面思考について掘り下げて参ります。

今週末から自分磨き

新年が明けて今日はもう20日目、もっとも正月の長い休みの後半、三連休そしてこの土日と休みが半分。


明日は大寒だというのに新潟市内は全く雪無し、一昨年の豪雪がウソのようだ。まだ気温の高めの日が続くらしい。


さて私の今年初仕事は先々週のキャッシュフローMG(東京)、そして先週は企業研修・ワンデーMG


そんなわけで申告書の作成がちょっと予定より遅れたましが、明日から作成作業に入ろうと思います。決算はできていますので、まず青色申告書から。Photo_20200120070801


それを一通り(下書きを)仕上げてから、今週は金曜日朝からの遠征。今回は自分磨き、学びと交流の旅です。


ちなみに事業(ヴァンガード経営研究所)分の青色申告は、おかげさまで増収増益となります。


何しろ昨年は、数ヶ月間土日の休み無しというようなことが二度ばかりも続き、家族からは口には出さないまでもかなりのブーイングだったことでしょう。


それと引き換えともいうべき増収増益、嬉しくないとはいいませんが、体も心も余裕がなかったのではないのかなと。


第一に、年初に掲げていた地震の学びの目標は、おそらく半分も達成できなかったのではないかと反省すること頻りなのです。


今年はそういうことのないように心がけようと。結果として減収減益になったとしても、それはそれでいいじゃないかと。


学びの一つはもちろん脳力開発・情勢判断学、今年は城野宏さんの論文を最初からキチンと読み直して、私なりのノートを作成します。それだけでなく、自らの足で学びの場を歩きます。


その中で城野さんの思想をしっかりと自分の腹に落とし込み、脳力開発講座等の中で受講される方々にキチンと自分の言葉伝えていこうということです。


もう一つはこちらもいうまでもないMG、昨年11月に学び初めて32年で1400期に到達ができました。こうなると次の着地点は1500期、それも還暦の年にということであと2~3年以内にです。


そこで立てた目標が年間で40~50期、これで還暦の年には着地ができるでしょう。ただしゴールではありません、学びにはゴールなどないと確信していますから。


今週末は、今年最初のMG体験地として大分MGを選びました。以前から共に学ぶ仲間、そして昨年の福岡や熊本、長崎で出会った方々との再会あるいは新たな出会いを求めて。


MGの中での本年テーマ(戦略)は「より素直に」です。その一歩を踏み出します。

路面電車が元気になった

地方都市における路面電車の見直しが進んでいる。


宇都宮市では新規開業を目指しての工事が開始されているほか、既存の路線でも改善が盛んである。


広島市はJR広島駅への乗り入れ改良に伴う新路線建設が始まるし、岡山市でも駅前広場への乗り入れ工事が決まった。


札幌市では数年前に僅かに途切れていた区間をつないで、ループ運転が始まり状況も増えているという。


富山市(写真)では富山駅の高架化が完成して、南北に分かれていた路線がいよいよ直結されると共に、経営が一元化されそれによって運賃も下がるケースがある。


北側の富山ライトレールは元はJR富山港線だったが、赤字での廃止も検討されたがLRT化によって駅前乗り入れ路線を新設し、運転本数を2~3倍にして美事によみがえった。 20191007-090549


前述の岡山市でも既存のJR線と直結して、LRT化しようという計画もある。


その他、各地での動きが活発になっており乗客の増えたところも多く、路面電車ファンとしては嬉しい。


LRT、ライトレール・トランジット。それは低床車やモータ・制御器の近代化など車両だけの改善ではない。路面電車システム全体としての大きな変化だ。


それ以上に利用者(潜在利用者も含む)や、周辺の住民や旅行者などの意識も変わってきたのだと思う。


一時期、路面電車は交通の邪魔者とされたことがあった。とくに大都市では殆どの『市電』が廃止の憂き目に遭い、都市の中からトラムが消えたところが多い。


東京都電(荒川線を除く)、大阪市電(阪堺電車は健在)、神戸市電、京都市電(嵐電は健在)、名古屋市電、福岡市、北九州市、仙台市電などなど。


中堅都市でも金沢市や岐阜市、福島市、下関市、大分市、和歌山市などでトラムが消えた。


車社会の邪魔になるというのが大きな理由だったが、結果はどうだったろう。大都会は地下鉄の方が大量輸送面では有利だが、財政負担などで苦しむ自治体も少なくない。


最大の問題は「人間に優しい」かどうかの視点だろう。LRTが完璧だなどという気はない、しかし人間に優しい、とくに交通弱者にやさしいことは事実だと思う。


広島市や岡山市のように駅との直結改良が進むのも、まさにその思想による。豊橋市や高知市、熊本市、鹿児島市、長崎市、福井市、前日の富山市などもインフラ改良が進んで市民の足として人気になっている。


いったん外したレールの復活は難しいと思うが、すでに地方ではバス路線ですら存亡の危機にある。自動車社会の頭から、大きく舵を切り替えないと、環境問題を含めて間違い続けることになると思う。


より便利なトラム、LRTシステムなどを今一度本気で見直してほしいものである。


我が新潟市もぜひに。

あの地震から25年経った

昨日1月17日で、あの阪神・淡路大震災からちょうど25年が経った。


もう25年経ったのかという思い、あの日のことは色んな意味で忘れられない。


震災の3日前の14日に、震災で大きな被害に遭った東海道・山陽本線を西へ、さらに山陰の友人たちに会いに行った。16日はその中のN夫妻と四国に渡って遊んだ。


N夫妻は鳥取に戻り、私はその夜岡山泊まり。学生時代からしばらくボランティアをしていた、ユースホステルのおやじ(ペアレント)と一杯やり、2階の部屋に休んだ。

Photo_20200118074101
ゆっくり休んでそろそろ起きようかなと布団の中で伸びをした瞬間、異様な音(地鳴りだった)と共にガシガシという音。さらにガタガタと木造の建物が揺れ始めた、40~50病くらい揺れは続いていた。


すぐに1階の事務室に飛び込みテレビをつける。速報が流れていて最大震度6との情報、だがこの時まだ神戸市内の激震震度は発表されていなかった。


次第に映像が入り始めたが、この時にはまだそんな大きな被害が出ているとは思ってもいなかった。岡山の震度は4であった。4でもかなり揺れたので、被害が出ただろうとは感じていた。


その何年か前に秋田に出張中に、日本海中部地震の遭遇したのだが、その時は震度5でひどい揺れだったが。


やがて神戸市内の状況がニュースに流れ始め、各地に火災が起こっていること、そして阪神高速道路や鉄道の高架線が倒壊していつ様子が映し出され初めて、呆然とした者だった。


その日は親会社で販社の全国会議が予定されていたが、当日来られないメンバーもいる(何しろ新幹線始め交通は完全に寸断だった)用で、連絡を入れると中止の旨が伝えられた。


それにしても、新潟に戻らなければならない。家族も心配しているはずなので電話を入れ、無事を歌えたが、さてどうやって帰ろうか。


新幹線はダメ、ならば空路だとネットで岡山空港発(羽田行き)をチェックしたが、臨時便も含めすぐに満席の表示。近くの空港、広島は新幹線不通で行けないし、少し遠い。


ならばと四国高松空港をチェックすると、午後の東京便に空席あり、すぐに予約を入れて岡山駅に向かう。幸い、瀬戸大橋線は徐行運転ながら動いているという。


間髪を入れずに飛び乗ったが、この1~2便後から運転取りやめになったらしい。幸運だった、意思決定が早かったことで、ナントカ高松駅に着きバスで空港に向かう。


飛行機の上から見た神戸周辺の状況は遠くてハッキリはしなかったが、火災の煙は見えていた。ビルや家屋など倒壊も少なからず分かった。


そうやって、夜には我が家に帰り着いたのだが、、、


その10数年後に今度は新潟(長岡)の地元で中越地震、さらには中越沖地震に見舞われ、自分もまた被災・避難者になろうとはその時には考えてはいなかった。


その後2011年に東日本大震災長野県北部地震と立て続けに起こったが、幸か不幸か新潟には大きな被害はなかったし、直接に遭遇することもなく今に至っている。


でも、いつどこで大きな揺れに見舞われてもおかしくないのが日本列島だ。危機に備えての心構えや準備は怠るまい。


今日も無事に過ごせることを祈っている。

どのコストに目を向けるか

コストカッターという言葉は、何もゴーン被告のためのものではない。どのくらい前から使われていたのかは知らないが、それほど旧いというものでもないだろう。


私が世の中のことが少しは分かりだした頃、九州の佐世保重工業という会社の再建に当たった坪内ナントカという社長がいた。


その立て直し方法の一つは人員カット、昨今で言うところのリストラだった。Photo_20200116194301


前にも言ったことがあるが、リストラクチャー(再構築)というのは決して人員カットだけを意味するものではないが、いくつかのことが並行して行われる中で最も象徴的な手法だ。


他にも全国あらゆるところの企業で、リストラというコストカットが行われてきた。


ゴーン被告が日産の再建に当たってやったことが、実施初年度で大きな実績を上げ劇的回復(黒字化)を果たしたことで、彼に「コストカッター」の称号が与えられた。


確かにそこまでやるかと言うくらいに激烈なものであったし、それまでしがらみのなかった、しかも外国人であるが故に彼だからできたことと言えるだろう。


しかし、百歩譲ったところで私はそれを賞賛する気にはなれない。もちろん私ごときにできることではないのだが、もし私にその力が与えられて板としても、私にはとてもできることではなかっただろう。


MG(MQ戦略ゲーム)をやってみれば、人件費(F1)・関連経費の大きさをひしと感じることができる。


社員が一人増えるとどのくらいの経費がかかるのかを知らずして経営など成り立たないことは、言うまでもない。ところが、経営者の多くは意外に無頓着だったりする。


あるいはウエイトの大きさは感覚的に知っていても、いざ具体的にどのくらいかということは、経費に占める比率も絶対値も分かっていないことが普通だろう。


創業の際の計画を立てていても、人に関わる経費の大きさにはびっくりされる方が多い。それも自分の取り分を加味しない前でも。


よくぞそんな未熟な知識で会社を立ち上げようとしているなぁと、私などはあきれてしまうことが多いのだが。まさに、勘と度胸と丼勘定でスタートを切ろうとしている。


それでうまくいったら、幸運だったとしか言いようがない。中にはうまくいってしまって、図に乗ってしまう経営者がいたりする。時にはその経営やハウツウを本に書く人がいたりする。


すごいなぁと感心するが、真似はしたくない。経費の中でF1のウエイトが大きいことを、カットの対象としてではなく、重要素なのだという意識で見てほしい。


そんなわけで今日もある会社の幹部研修で、MGを行うことになっている。


MGでは「教えない」ことがインストラクターの原則であるので、講義の中でも事細かには語らない。語ったところで、すぐにすぐは分からないだろうと思っている。


なぜなら私自身がそうだったから。もっとも私の場合は、人が分かり始める時間の倍以上はかかっただろう。


幸い、その過程では「何が分かっていないか」を常に確認できていたので、分かりだしてからは速かった。


さらには、経営者としての現場を与えていただいた、そのおかげで急速に自ら学び取ることができた。


今日の研修の中で、どれだけの方が感じることができるだろう。もちろん大いに期待はしている。


少なくとも、分からないで済ませてもらってはいけないわけで、分かる「第一歩」だけは記していただきたいものだ。

«雪が全然ない